あるよ

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 今日は一日中あいつのことを考えている。  2人で並んでスクールバスを待っていると、通りかかった園長先生が大げさに驚いたそぶりで言った。 「まあ、なんてかわいい女の子なの!」  先生はあいつの縁のくるりとあがったフェルト帽をなでた。紺色のリボンが揺れる。  フェルト帽の下からのぞく緩やかな天然パーマは光をのせた栗毛色で、白い肌は頬にささやかな赤みをのせ、柔らかく結ばれた唇は今にも天使の歌声を響かせそうだ。じっと先生を見つめる目だけが何も語らない。 「さよなら」  あいつは先生に挨拶して、園に到着したバスに乗り込んだ。私も続く。 「さようなら、先生」 「はい、また明日、さようなら」  先生、よく見てみなよ。あいつがはいてるのズボンだよ。見送りのため、先生は顔の余分な肉にみっちりと笑みを浮かべ、手を振り続ける。  私はあいつの隣に勢いよく座った。チェックのスカートにしわがよる。  実際のところ、あいつはかわいいというよりは、つるりとした端正な顔立ちをしていた。うまくいけば、愛らしい幼児から美少年へと進化、大人になる頃にはイケメンコースを歩んだかもしれなかった。本人にはそうなる気がなかったのか、性格的に向いていなかったのか。あいつは成長するにつれ地味メガネへと移り変わっていったのだった。
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