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その日はたいして風もなかったのに、誰も気づかないような不穏な空気に運ばれて、紙飛行機はふよふよと飛距離を伸ばした。
「あっ!」
中庭を横断する渡り廊下を、緩やかに巻いた黒髪が通る。紙飛行機は鋭い先端が髪の渦に挟まる形で着地した。
誰かのぶっと抑えきれない息が響いた途端、一斉にその場にいた人たちが笑い出した。校舎の窓から何事かと顔をのぞかせる生徒もいたぐらい、腹を抱えて笑い狂っていた。友人たちは涙を浮かべて転げださんばかりだ。あれがクラスメイトだってことぐらい、見れば分かるだろうに。
あいつは髪に刺さった紙きれを手に取った。それと笑い死にしそうな集団を見比べて、おそらく事態を瞬時に悟ったと思う。
笹井先輩は目に涙を浮かべ、笑いで息を切らせながらあいつに走り寄った。私も思わず立ち上がって追いかけた。
「わりーわりー、罰ゲームでさあ」
軽く浅い、謝罪とも言えない謝罪だった。背後ではまだ笑い声がとまらない。起こったことは些細なことだ。でも精神の幼稚な群れの中では様々な脅威のきっかけとなる。
笹井先輩はやっと息をついて、まじまじとあいつを見て言った。
「いや、でも……似合ってたよ。ブハッ!」
再びツボにはまったようだ。笹井先輩は地面にしゃがみこみ、いくらか悪意をにじませて嘲笑した。
あいつは紙飛行機を広げた。無言で手元の紙を見つめる。私は何も言えず、数歩あいつに近寄った。
笹井先輩はやっと立ち上がり、私の横に並ぶ。あいつは先輩と目を合わせ、その後私の方を見た。そしてまた先輩に向き直った。先輩よりも背が高い。
「先輩こそ、お似合いですよ」
あいつはそっと告げて、折りじわいっぱいのテストを先輩に差し出した。先輩はすっと私の方を見、「そお?」と照れたように言って、受け取ろうと手を伸ばす。
私は見た。あいつは点数に目を落としながら、微笑みを浮かべて言ったのだ。たかだか、これぐらいの点数が、あなたには、お似合いですよ。先輩は勘違いをしている。呼ばれてすぐ仲間の方に駆けて行った。
あいつと2人、渡り廊下に立ちつくす。
「薄ら笑い、似合ってないよ」
あいつは視線を落として言うと、音を立てずに立ち去った。言われるまで、私は自分の表情に気がついていなかった。
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