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「もったいないよ、あの人には」
少し離れた席から、あいつがはっきりとした声で言った。瑛里奈の意識があいつに向かう。あいつは私たちの席まで歩いてきた。
「は? 何? 何なん、こいつ」
「誰かがその先輩と付き合いたいなら、付き合ったらいいよ。香菜は関係ない」
普段おとなしいクラスメイトがきっぱりと言い切ったのだ。皆呆気にとられたが、次第ににやにやと私たちの関係を邪推する。
「何なに~? そういうこと~? 香菜、こいつと付き合ってんの?」
馬鹿にするかのように、クイーンたちが揶揄した。美人がそろっているのに、どうしてこういう時、一様に醜く見えるのだろう。あいつは堂々としているが、私は焦って言った。
「違う違う、付き合ってない。幼馴染ってだけ!」
「本当に~? 恋愛感情ないの?」
「ない!」
吠えて、あれっと思った。ないよ、ないけど……ないけど、何だろう。今あいつの方を見る勇気がない。
「じゃあ、あんたは? メガネ」
「……ないよ」
淡々とした声が頭上から降ってきた。
その後笹井先輩とクイーンの友達が付き合い始めたらしい。どうでも良かった。あいつと私の関係は、しばらくの間はひそひそとささやかれた。が、小学校から一緒に進級した同級生が何人もいたので、結局単なる幼馴染だったと証明され、あっさり穏やかならぬ噂は沈静化した。私たちは今まで通りたいした会話もなく、進級してクラスが分かれ、卒業後はそのまま縁が切れた。
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