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「僕、ビョーキなんだよね。もう死ぬ。だから学校行くの無駄。退学。以上」
わざと平坦な口調で枝をポキポキと折るように話した。声に出していうのは初めてで、そうしないと声を震わさずに話すのは無理だった。この現実を受け入れているはずなのに、言葉にするのはなぜか苦しい。
田中は小さくそうか、と素っ気なくうなずいた。
正直ホッとした。母さんや事情を知った先生は僕を可哀想という視点だけで見てくる。そういう視点でいるのが窮屈でたまらない。
可哀想な子を演じないと行けない気がする。誰も、僕を僕、矢澤律と言う一人の人間として見てくれていない。
腫れ物を触るようにしてくるけれど、いつも通り接すればいいのに。
「戻らないのか」
「戻れないよ」
即答すると、田中は黙って空を見上げた。
戻ることはできない。不可能だ。太陽が西から昇るくらい、ありえないことだ。
いつのまにか陸上部が活動を再開していている。
同じクラスメイトの陸上部が僕らの目の前を怪訝そうに走り抜け、風が吹く。僕はその風に乗せて小さく呟いた。
「もう戻れない。死ぬから」
病気になった最初はこの残酷な運命を嘆き苦しんだ。
朝を迎えることが出来なかったら、と不安に駆られ、夜眠れず、枕に顔を押し当てて涙をこぼした。苦しい検査の後一人病室で枕を投げた。
今思えばひどいことだが、看護師さんに八つ当たりもしたし、幼い子どものように全てを拒否したこともある。
でも、もうそれは無駄な事と気付いた今はやらなくなった。生の糸にしがみ付いても振り払われるのが分かったから。
だから。生きることに執着するのをやめた。生きることを諦めた。
「矢澤……お前、天文部だろ。星空、見ろよ」
唐突に彼はそう言った。形だけ頷くと、彼はそっぽを向いてぶっきらぼうに、何故か怒ったな口調で続けた。
「ダサいし、むず痒い言葉だけどさ。空は繋がってるんだぜ。お前と空は一つだ」
そういえば、彼の名も空だな、とぼんやりと思いながらうなずいた。
黙って二人で空を見上げる。オレンジと紫のグラデーションが優しく広がっていた。
夕日が校庭を照らす。時計を見ると帰宅時間が迫っていた。
思い残さないように、軽い口調で別れを告げた。
「じゃあね」
「おう」
手を振って校門へ向かう。母さんが車を止めて待っているだろう。そしてそのまま病院へ戻る。僕の帰れる場所は病院なんだ。家にも、学校にも戻れないだろうから。
「矢澤! ……いつか、戻ってこいよ」
田中が怒った口調で僕の背中に怒鳴りつけた。思えば、彼が怒っているのを見るの初めてだ。最後にして初めてのことを知るんだな……皮肉だと思う。
僕は小さく笑って振り返らず軽く手をあげた。
車の方へ自分の足で歩いていく。
──もう少し、生の糸にしがみついてやろうか。
わざと田中を真似て怒り口調で呟いた。
ー完ー
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