鏡の国のアイツ

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鏡の国のアイツ

 子供の頃、毎年夏休みになると母の実家に何日も泊りがけで遊びに行った。そこはW県の北部にある旧家で、庭の一角には立派な蔵も建てられていた。  蔵には普段鍵がかけられていたので中に入ることはできなかった。だがある年、その屋根裏でシロアリが見つかったとかで、駆除業者を出入りさせるためにしばらく開け放たれた期間があった。  田舎で暇をもてあました子供がそれを見逃すはずもなく、幼かった私は探検気分で蔵の隅々まで見て回った。  古びた箱に入った壺や皿から始まって、置物や昔の農機具のほか、なにに使うのかわからない道具類が、壁に設けられた棚に雑然と並べられていた。  そんな中、蔵の一番奥に隠すように置かれていた鏡台が目に付いた。たとえ使わなくとも、鏡なら鏡面をこちらに向けておくものだと思うが、それは奥の壁に向けられていた。  どうしてだろうと思いつつ、鏡台を180度回転させた。鏡面にかけられていた布をめくりあげる。あどけない私の顔が映った。  見たところ普通の鏡だった。何か特別な仕掛けでもあるのだろうかとしばらくその鏡面を眺めるうち、背後に誰かの姿が映った。  しまった。勝手に蔵に入ったことを叱られる。そう思いながら恐る恐る振り返った。しかし誰の姿もない。辺りを見回してから鏡に視線を戻す。  いた。青白い顔の男がゆらゆらと体を揺らしながら、幼い私の背後に立っていた。  何度も振り返り、鏡と自分の背後を交互に見る。やはり鏡に映っている男は現実には存在しなかった。 「僕はそっちの世界にはいないよ」  鏡の中の男が言った。 「君は、誰?」 「僕はミヨシ。君は?」 「タケヒコ」 「そうか。タケヒコくんか」  男は薄く笑ってから、 「タケヒコくん。お願いがあるんだ」 「なに?」 「見ての通り、僕はここでずっと一人ぼっちだったんだ。だから、友だちになってくれないかな?」 「いいよ」  幼い私は何も考えずに軽く応じた。すると男は安堵の表情を浮かべた。 「それなら友だちの証に、今日から一週間、毎日僕に会いにきてくれるかい?」 「うん。蔵が開いていればね」
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