鏡の国のアイツ

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 祖父の父、つまり私の曽祖父は好事家で収集癖があった。その鏡台は彼がまだ若い頃に骨董市で入手したもので、七日続けて覗き込めばその中に引き込まれるという言い伝えが添えられていた。曽祖父は実際に試そうとは思わなかったし、またそんな言い伝えが本当だとは信じていなかった。ところが当時まだ幼かった祖父は好奇心旺盛だったらしく、こっそり七日間鏡を見続けることに。  ある日息子の姿が見当たらないことに気づいた曽祖父は、まさかと思い例の鏡を見た。案の定そこに息子の姿を見た彼は、当時その家で雇っていた使用人の三好何某という男をだまして鏡を見させた。鏡の外に出るには代わりの者が必要だと骨董屋から聞いてあったからだ。  七日が過ぎ、三好と入れ替わるように鏡から息子が出てくると、曽祖父は鏡台を蔵の奥深くに仕舞い、以後誰にもそれを見せることはなかったという。 「じゃあなに?タケヒコは鏡の中に引きずり込まれるってこと?その三好って人の代わりに」  パニックを起こして喚く母。その肩に祖母はそっと手を添える。 「仮にそうなったとしても、誰か身代わりを立てれば助かる話じゃない」  ね、と同意を求めるように祖父を見るが、彼は険しい表情で言い放つ。 「バカを言うな。私の父の頃とは時代が違うんだ。誰かをだまして鏡に閉じ込めるなんてこと、できるわけがないだろう」  すると母が攻めるような口調で、 「だったら指を咥えて見てるの?鏡の中のタケヒコを」 「いや、その心配はないはずだ。既に七日が過ぎているが、ほら……」  そこで幼い私を一瞥してから、 「こうして鏡から引き離したら、タケヒコは無事じゃないか」 「でも、あの鏡がある限り、安心できないわ……」 「それならいっそ割ってしまおう。そうだ。簡単じゃないか。あの鏡台をこわしてしまえばいいんだ」  祖父は蔵の中から鏡台を担いでくると、それを高々と持ち上げ、地面に叩き付けた。  塵取りと箒を持ってきた祖母が粉々になった鏡を片付けた。  これで全てが終わった。  祖父母や母の表情がそう物語っていた。  私だってそう思っていた……。
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