『Shining』

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 グラスの中に映った純粋な瞳の上で、次々に泡が弾ける。あとにはやはり、年だけ取った冴えない自分の顔がくすんだ琥珀色の中で揺れていた。あれからくすぶった想いを抱えながらも、完全に音楽から離れることはしなかった。大学を卒業してからもバイトしながら路上ライブを繰り返す中途半端な毎日。そんなだから、誰も立ち止まってくれる人などいなかった。僕はやっぱり、歌で表現なんてできなかった。そんな自分に失望してなにもかも諦めた末に、今は中途採用でサラリーマンをやっている。  グラスに手を添えて、軽く揺り動かす。たぷたぷと水面が波打って、寄せては返す間に自分の顔が弄ばれる。けれど、先ほどのように少年時代の希望に満ちた顔には戻らなかった。色のない暗い瞳が、ただ映り込むだけ。もうあの頃の輝きを、取り戻すことはできないのだ。  対角の席ではまだ先輩たちはマイクの奪い合いを繰り返していた。移り変わる荒い歌声が神経を逆撫でする。がん、またテーブルが蹴られる。そのはずみで、グラスから液体が飛び出した。盛大に零れたそれが、手の甲を濡らす。 「あーあ、やっちゃったなぁ。まだ飲めたのに」  そう言いながら手を拭いてくれる先輩の言葉が、静かに心のしこりを揺らす。まだ、歌えたのに。まだ、諦めるには早かったのに。後悔が溢れ出して、止まらなくなる。 「ほら、新しいの注いでやったから、元気出せよ」  先輩が手渡してくれたグラスをひったくるように奪い取って、勢いよくその琥珀色の液体を飲み干す。すると視界がぐわんと揺らいで、きらきらと景色のすべてが明滅し始めた。身体の感覚がふわふわとして熱くなる。胸の奥であの日の想いが、熱とともに蘇る。一度だけ、もう一度だけでいいから、あの頃のように歌いたい。ふらふらとした足取りでソファとテーブルの隙間を進み、もみくちゃになりながらマイクを奪い合っている人たちに歩み寄る。その人たちを弾き飛ばして強引にマイクをひったくると、その場で大きく息を吸い込んだ。鼓動が走り出して、かつての相棒だったギターの音が耳の奥に流れる。重なっていく旋律に心が踊る。次の瞬間、弾けるように溢れ出した歌声がカラオケボックス内を揺るがした。 【テーマ:希望の爆発】
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