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『あいつの気持ち』
「投資したい」
並んで湯船に浸かっているあいつがぽつりとつぶやいた言葉が、思いのほか大きくなって浴場に反響した。予想外の言葉に、驚いてあいつの顔を見る。まだ数秒ほどしか浸かっていないのに、あいつの頬はほんのり赤く染まっていた。そこにつうっと汗が伝う。
「え? 何に?」
思わずすっとんきょうな声で聞き返すと、ぼうっとタイルの壁を見ながらあいつが声を返す。
「この銭湯を」
なぜに? 疑問が頭を過るが、あいつの壁を見つめる視線が熱を帯びている気がして口に出すのを躊躇する。
この銭湯には、子どもの頃から二人でよく来ていた。大学生になった今でも、部活帰りに汗を流しによく立ち寄る。最近、客も少なくなってきているのには気付いていた。こいつは、それほどまでにこの銭湯を愛していたのか。感慨深げに横顔を見つめる。
「お前がそんなこと言うなんてな……そんなに好きか?」
「ああ、男だったらみんな夢見るだろ。女湯覗くの」
「……は?」
「透視できたら見放題だぜ? 最高だろ?」
下世話な笑みを向けてくるあいつに、冷たい視線を返して眉間に皺を寄せる。そして、いまだ「なっ?」とにやついているあいつの顔面に、思いっきり熱湯をぶっ掛けてやった。
「馬鹿か」
まったく、とんだ出来損ないの投資だよ。
【テーマ:出来損ないの投資】
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