七色の物語

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夏真っ盛りの8月。ベランダに洗濯物を干すだけで外気温の暑さに汗を掻いてしまうほどの日差しだった。 ベランダから逃げるように窓一枚隔てたクーラーのきいたリビングに退避すると、この暑さの中でも懸命に鳴き続ける蝉たちの声が、窓の向こうへと遠ざかる。 もう今日は家から出たくない。今日の太陽のはりきり具合からすぐに乾くであろう洗濯物も、取り込むのはできれば日が沈んでからにしたかった。 食事の用意をしている私に、ラグの上で一人寝転がってお人形さんで遊びながら、「ママ、しりとりしよう」と話題を振ってくるのは、今年小学一年生になった娘の(ひめ)だ。 姫はしりとりが苦手だ。すぐに「ん」がついてしまう。 「ん」がついても「いまのなし!」とめげずに考え直す姿を見ていると、小さい頃の自分にそっくりで私はおかしくなる。 出来上がった食事をリビングのテーブルに運ぶと、それを見た姫が手に持っていたお人形さんをソファに座らせてから、ちょこんと自分の席に座った。 姫の視線は出来立てのハンバーグに注がれていて、その目は見るからにきらきらとしていたので、私は思わず笑ってしまう。 在宅ワーク中のパパの仕事部屋にノックをして、「ひと段落ついたらお昼にしよう」と声をかけると、パパはすぐに部屋から出てきた。 「パパ、おしごと、おわったの?」 向かいの席に座ったパパに姫が声をかける。 「もうちょっとあるんだ。終わったらママとさんにんで遊ぼうな」 「うん!」 元気よく頷いた姫が、すぐに先導して「いただきます!」と手を合わせる。 それに続いて、私とパパが一緒になって合掌するのを見届けた姫は、添えられた野菜には目もくれず、本命のハンバーグを最初に食べ始めた。 「おいしい!」と喜ぶ姫の声と、「おいしい~」と一口を噛みしめたパパの声が重なって、私はまたおかしくなって笑った。
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