バク9

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バク9

化学室から教室へ向かう廊下。 優里亜は不機嫌そうな顔を隠さないでいる。 原口と私の間に特別な感情がある様に彼女の目には映るらしい。 私は煩わしい気持ちで胸を一杯にしながら、顔に微笑みを貼り付ける。 「原口はさ、私を女として見てないからああやって絡んでくるんだよ!でも優里亜が嫌な気持ちにならない様にこれからは気を付けて距離とるからさ。ね?」 ああ、心底面倒くさい。 そもそも私と原口が気安く接する様になったのは、優里亜が仲を取り持って欲しいと持ち掛けてきたのが発端だったではないか。 それを棚に上げ、思う様に進まない関係のもどかしさを私にぶつけられても困る。 いくら優里亜の事が大切でも、こういつも不満げにされ続けると、流石の私も苛立ちが芽生える。 しかし、ここで対応を誤ると一気に悪い方へ転がっていくのが思春期の人間関係だ。 一時の感情に身を任せ、私まで険悪な態度をとる訳にはいかない。 平和に上手く、楽しくやっていきたいんだ。 「おい、アズ!」 次に掛ける言葉を探していると、急に何者かが割り込んできた。 その人物は横から身体をぶつけ、私の肩を抱くと文句を口にする。 「アズの所為でナナメに怒られちゃったじゃんか!最悪だ!」 最悪なのはお前だと言いたい。 全く、最悪のタイミングで最悪の人物が最悪の絡み方をしてきたものだ。 「原口…。」 恐る恐る優里亜の方を確認する。 案の定、冷たい視線が返ってきた。 どうにかしないと。 焦る私に構う事なく、首に巻き付けた腕に力を込める原口。 グッと抱き込まれる。 近付く顔と顔。 優里亜は完全に引き攣った表情をしていた。 私は渾身の力でその腕から抜け出す。 「お前のスキンシップ異常なんだよ!誤解されたくないからこういうの止めろ!」 敢えて乱暴な言葉で牽制する。 少しでも優里亜を安心させたい。 お願いだ、原口。 空気を読んでくれ。 私は縋る想いで彼を見る。 しかし、こういう時の願いって物は当たり前に届かない。 「なんて言葉使うの!アズちゃんは女の子なのよ!」 原口はふざけた口調で私の頭に手を置き、優しく撫でてくる。 それは私に言わせれば、まるで保護動物とそれを飼い慣らす飼育員の様な構図なのだが、優里亜の目には男女がイチャついている様に見えているのかもしれない。 もう、やめてくれ。 こちらの努力を無効にする返しばかりする原口には、いい加減腹が立つ。 私は頭の上の手を強く払った。 「心配しなくて良い。私だって女として見られたい人の前ではこんな態度とらないし。」 「は?誰だよ。それ。」 瞬間空気が凍った。 いつになく真剣な表情の原口。 返しに困り口を噤む。 本当はそんな人いない。 只の出任せだった。 「私も!私も聞きたい!アズミの好きな人。」 それに優里亜まで乗ってきた。 本当に困った。 私だってそんな人がいるのなら隠さず二人に宣言したい。 だけど存在しないのだからどう仕様もない。 焦り過ぎて、ソワソワと忙しなく身体が動いた。 優里亜の期待に満ちた目と、原口の真剣な眼差しに、どんどんと追い詰められていく。 「えーっと…。」 頭を搔いたり、肩を摩ったりして間を繋ぐ。 無意味に手をポケットに突っ込んだ時、カサッと何かが指に触れた。 あ、あの付箋だ。 そうだ。 私は二人を真っ直ぐに見ると高らかに宣言した。 「Twipperの人。」 暫しの沈黙。 二人は一瞬だけ驚いた顔をした後、呆れた様に声を発した。 「は?」
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