バク6

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バク6

小学生の頃。 男女の垣根無く遊んでいた。 高学年になり性差が出始めれば、男子VS女子の構図で対立する事もあったが、個人的に男子に混ざって遊んでも、特別問題になる事はなかった。 精々「女のくせに」と、軽くからかわれるくらいのもので、当時はなんのしがらみもなく私の交友関係は気の合う者で占められていた。 だから平気で男の子の家でゲームをしたり、逆に私の部屋に呼んで漫画を読んだりしていた。 中学に上がっても私は変わらなかった。 周囲の女の子達がメイクを覚え、好きな人の話で盛り上がる傍ら、私だけは相変わらず男子に混じって少年漫画やゲームの話をしていた。 女の子のグループに不満があった訳でも、メイクや恋に興味がなかった訳でもない。 ただ時間や少ないお金をそれに割くよりは、ゲームや漫画の方に使いたかっただけだ。 少数の女子からは「男好き」なんて陰口を叩かれた事もあったが、同じ小学校から上がってきた子達が「あの子は昔からああいう子で、中身が男と変わらないんだ。」という、フォローなのか新たな陰口なのか判別の難しい説明をしてくれたお陰で、虐めや攻撃を受ける事はなかった。 違う小学校から上がってきた男の子の中には、男子グループに混ざる私を煙たがり、意識している者もいたが、それも最初の内だけで直ぐに馴染んでいった。 中でも最初席が隣だった可児君とはゲームも漫画も全ての趣味が合ったので、親友の様に毎日お互いの家を行き来する仲になった。 二学期に入り中学生である事にも違和感がなくなってきた頃。 いつもの様に可児君の部屋でゲームをしていると、唐突に「好きだ」と言われた。 今となって思えば、それは明らかな愛の告白であり、本来なら私は丁重にお断りして、以降彼との距離感を考えるべきだったと分かる。 しかし当時の私は酷く世間知らずだった。 気の合う可児君と私は、思考も気持ちも価値観も何もかもが全て同じなんだと信じて疑っていなかった。 可児君が私に合わせてくれていたとは微塵も思っていない。 まして自分が彼に女として見られている等と、そんな発想自体が存在していなかった。 緊張した面持ちで私の言葉を待つ可児君の畏まった空気に疑問を覚えつつも、私はゲームを中断する事もせず「えー?私も好きだよ?」と軽く返した。 瞬間、可児君は私を抱きしめた。 告白を受け入れて貰えたと感じた彼にとって、きっとそれは自然の流れだったのだろう。 でも私には衝撃的だった。 酷く混乱して固まった。 パニックで思考停止する中、本当の意味での理解には遠く及ばないが、可児くんと私が全く違う気持ちを持って生きているのだという事をその時になってようやく思い知った。 「そういうのじゃない!」 咄嗟に出た言葉は余りにも残酷で、私に突き飛ばされた可児君は、尻もちを付いた格好のまま、悲しそうにこちらを見ていた。 私が悪い。 何も理解しないまま、だけどそう思った。 「ゴメン!」 カバンだけ引っ掴んで可児君の家を飛び出す。 自宅まで10分程の道程を途中まで全力で走った。 ちゃんと履けずに踵を踏んでいたスニーカーが片方脱げ落ちて引き返したりしながらも、兎に角走った。 腰に残る感触を振り切る様に。 きっとアレは可児君の…。 怖いと思った。 男の人がとか可児君がじゃなくて。 男の人をそうさせる自分が。 私だって今までに好きな男の子くらいいた経験がある。 だから、今は恋に夢中になれなくても、そんな事はその気になれば当たり前に出来るものだと、全く焦っていなかった。 いつか自分の準備が出来れば、恋も女の子としての楽しみも始められると高を括っていた。 まさかその準備に着手すらしていないのに、女だと突き付けられる等とは思っても見なかった。 それはまるで、台本をもらわずメイクも衣装も無いまま裸で舞台に引っ張り出された感覚だった。 自分の役すら知らない。 どんな話なのかも知らない。 それなのに突然舞台の真ん中でスポットライトを浴びせられた心境。 飛び降りて逃げ出す以外に、私にとれる行動なんてあるだろうか。 他の女の子達がメイクをしたり恋をしたり。 生理が来たり、胸が膨らんでブラを着け始めたりしていて。 そういう準備が終わった子だけが女になって、男の人に選ばれるんだと思っていた。 その日の夜は眠れなかった。 ちょっと身長が伸びただけ。 ちょっと胸が膨らみ始めただけで、私は昨日と何も変わっていないと思っていたのに。 子供とか女とか、自分の意思で決められるものじゃなかったんだ。 今日から突然女になったんじゃない。 可児君はずっと男だったし、私はずっと女だった。 それに私だけが気付いていなかった。 可児君は一体どんな気持ちで私といたんだろう? 二人きりの部屋。 無防備に寛ぐ私。 あの瞬間腰に当たっていた感触が蘇る。 いつもアソコがあんな風になっていたのかな? 我慢してたのかな? でもだからと言って、私はそれに応えられない…。 私に嫌われない様に、私に好かれる様に、可児君は全て私に合わせてくれていたのかもしれない。 それが申し訳なくて仕方がなかった。 だけど一番悲しかった事は、唯一無二の親友が本当は存在していないという事実だった。 それから私は男子に対して距離を置く様になった。 何人かの男の子は「ノリが悪くなった」と憤っていたが、可児君は何も言ってこなかった。 急に一人大人しくなった私に、周囲の女子は意外にも優しく、すんなりと仲間に入れてくれた。 「男子と一緒になって遊ぶのはおかしかったよ」とか、「本当はこれが普通なんだよ?」とか、今までの行動を非難する言葉は色々と受けたが、女子の団体行動初心者な私に対して、皆親切に迎え入れてくれた。 それでも、一緒にトイレに行く文化だけは面倒くさくてどうにも好きになれなかったが、少しずつでも段々と慣れていった。 2年、3年とクラスが変わり、メンバーが入れ替わっても、私はそのまま女子集団から女らしさを学びつつ、目立たない様に過ごした。 一言も交わさなくなっていた可児君。 驚く事に卒業式の日に話し掛けてきた。 校内でお互い見かけてはいたが、久しぶりに正面に立って向かい合うと、大きく開いた身長差に目眩がした。 記憶より低っくなった声が響く。 「あの時はごめんな。俺、あの時、時田の事本当に好きだったんだ。」 私は堪らず泣いた。 目の前の可児君が大きくなっていて、見上げた顔の逆光が眩しかった。 自分の気持ちを上手く表現出来ず、性急に行動してしまう男の子はもうそこには居ない。 目の前には聡明な男の人が立っている。 「私も可児君が大好きだったよ。」 嗚咽の合間になんとか伝える。 「私子供だったから…。好きに種類があるって分かってなくて…。あの時酷い事してごめんね。」 「うん。分かってるから、大丈夫だよ。」 穏やかで優しい空気。 可児君は泣いて崩れる私に合わせてしゃがみつつも、距離を考え身体には触れてこない。 そこにも彼の気遣いと成長を感じ、私の涙は止まらなくなった。 「種類は違ったけど、可児君が想ってくれてたのと同じくらい、私も可児君が大切だったよ…。本当に…。」 「うん。伝わってたから。時田、ありがとうな。」 もう二度と間違いたくない。 好きな人を傷付けたくない。 これからは、好きな人の為になる振る舞いをする。 好きの種類を明確にして、誤解を与えない様にする。 そう心に誓った。 私の高校入学を期に、地元の大学に進学する兄を家に残し、私と母は単身赴任していた父の元へ移り住む事になった。 その為、高校には同じ中学出身の同級生は一人もいない。 一から築く人間関係。 今度こそ間違えない様に。 傷付けない様に。 上手くやろうと思った。
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