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電話で
「もしもし、お父さん。わたし」
「おー 元気か?」
父の明るい声に涙が溢れた。
「お父さん……そっちに帰っていい?」
「いいよ。いいけど何かあったか?」
「……」
「どうした?喧嘩でもしたか?」
受話器を握りしめたまま、泣けて泣けて、
呼吸困難にでも陥ったかのような私の様子にも、父は優しかった。
「泣かんでもいいよ」
「ごめん……」
「謝らんでもいい」
「うん……」
「おるんか?おるなら代わって」
「…電話、代わって…」
やつはさっと受話器をとり、大きな声で話し出した。
「もしもし!もう無理ですわ!」
「あかんのか…」
「想像と違いましたわ。無理です。別れます」
「そうか。娘に代わってくれ」
「お父さん、お姉ちゃん何て言うかな」
「帰ってこい。姉ちゃんにはちゃんと話しとくから気にせんでいい。お前が食べる分くらい心配せんでいい。な?」
実家は、父と姉の名義になっている。
独身でお金のある姉が、父と二人でローンを払ったからだ。
ここに引っ越した時には、私は一人暮らしをしていた。母は、帰ってくるか?と聞いてくれたが、私は一緒に行かなかった。
だから、今の実家には私の部屋はないし、
実家といっても、私はちゃんと住んだことがないので、とても居心地が悪い。
顔を出しても、泊まったことは無かった。
それに
今、母は、寝たきりだ。
脳梗塞で倒れ、半身麻痺が残った。
リハビリはうまくいかず、要介護5。
認知症も進み、姉と私の区別もつかない。
そんな母を自宅で10年近く介護してきた父。尊敬している。本当にすごい人だ。
「おとうさん、おとうさん」
父を信頼しきっている母。
母が倒れた時、病院のベッドで苦しがる母の髪を、優しくいとおしむように、ゆっくり撫でてあげていた、父の手。忘れられない。
いい夫婦だな。
だから父の言葉がすべてだ。
父の言葉にすがって、頼って、
実家でごはんを食べさせてもらうしかない。
母の世話と、また失敗した娘の食いぶち。
感謝しかなかった。
電話をきったあと、またやつとの戦いの再開だった。
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