4 おやすみはまだ言わない

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「ほら、ベッドいこ、寝ようよ」 「もう……寝る……?」 「寝るよ、眠いだろ?」 「……まだ」 「オレはいいけどさ……」  再び香川の額にキスを落とし、三田村は耳元に顔を近付けた。  意地悪をしたい訳ではないし、からかいたい訳でもないがこのままここで寝られても困るので。 「こんな風に抱きつかれたら、寝かせられなくなるよ?」  きっとこんな風に言えば寝たい香川は文句の一つや二つ言って、さっさと寝室へ行きオレに背を向けて寝てしまう筈だ。自分でベッドへ行ってくれればそれでいい。  怒らせたい訳ではないが、早く寝かせた方がいいだろう。  香川の返事を待っていれば、漸く顔を上げた香川は案の定むすりとしている。  だが、文句は飛んでこず、再び三田村の胸に顔を埋めた。 「……いいよ」 「……香川?」 「……だから、べつに、いいよって言った……」 「眠いんだろ?」 「眠くないし」 「……いや、絶対眠いだろ……いいから寝よ、冗談だってば、オレは眠いから寝ます」 「……じゃあいいよ……」  拗ねたような声を残し温もりは消えた。  香川は眠そうな顔のまま、さっさと立ち上がると寝室へ行こうというのか三田村に背中を向けた。  慌てたのは三田村の方で、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。 「香川」  手を伸ばしたが届かないので、三田村も後を追う。  すたすたと短い廊下を歩き、いつも二人で寝る三田村の個室へと香川は入っていった。自室へ行かれなかった事に安堵しながら寝室へと入る。  きっとこのまま背中を向けて寝るのだろ、予定通りではあったがこんな風にしたかった訳ではない。何だか喧嘩したみたいな気分だ、それも一方的に。 「香川ってば」 「おやすみ」  寝室は程よく冷房が効いている、廊下と比べ快適だ。  ベッドへ直行した香川は三田村を見る事もなく横になってしまった。 「なぁ、おい……ごめんて、冗談じゃないけど真に受けるとは思わなかったんだよ」 「……もう寝るから冗談でいいよ」 「てゆうか眠くないの?疲れてない?」 「眠いし疲れてるよ」 「ほら、眠いし疲れてるんじゃん」 「……」 「あー……だからさ……あの、違くて……」 「……いいよ、明日ゆっくりするんだろ、もう寝よ」 「……」  ベッドに腰掛けタオルケットを掛けた香川の頭を撫でるが反応はない。  完全に機嫌を損ねた。こんなに眠い時なら大抵「眠い」って言って誘ったって断るくせに、今日はどうしたんだよ。嬉しいけど、意外過ぎて反応を間違えた事に三田村は後悔した。 「香川……」 「おやすみ」 「……明日の方がいいと思ったんだよ」 「分かってるよ、だいたいそうじゃん、お前、オレの事すごく気にかける、優しいし、優しいから……だからいいよ、もう寝ようよ」 「……眠いし疲れててもしていいの?そういう気分なの?」 「……うん」  小さな返事が返ってくる。  はぁっと長く息を吐き出す。 「嫌ならいい……」 「嫌じゃないけどさ……まぁ疲れてる時にしたいってのはなくもないし、分かんなくもないけど……」  もそもそと反転した香川はやっぱり眠そうで、躊躇う理由は勿論疲れてないか心配だからというのが一番だけど。それと同じ位。 「……じゃあ、リビング電気付けっぱなしだったから消してくる、待ってて」 「……うん」  香川の頭を撫で、次いで頬に滑らせばくすぐったそうに目を細め小さく笑った。 「あー、あと歯も磨いてくる」 「うん」 「じゃあ……」  最後にまた頭を撫でれば、香川は口元に笑みを浮かべたままで目を閉じた。  寝室からリビングへ向かう廊下で一度振り返る。  香川の事を気にかけるのは当然で、優しくしたいのは好きだからで、疲れてないか心配だから寝ようと言ったのは本心。だけど。 「……賭けだよなぁ……」  だけど、寝落ちされる身にもなってくれと言いたい。 以前眠そうな香川としようとして、寝落ちされ悶々と朝まで耐えたのは数ヶ月前の話。  でも今日は甘やかされたい気分と言っていたから起きて待っていてくれるかもだし、最後まで寝落ちなくできるかも知れない……。  リビングの電気を消し、歯を磨く為に洗面所へ向かう。  洗面所には二人分の色違いの歯ブラシが並んでいる。自分の分、青色の柄の 歯ブラシを取り上げ歯みがき粉を付ける。  予想は半々、まずは起きて待っていてくれるのか。  そして、寝かしたい気持ちと眠らせたい気持ちも半々。  歯磨きを終えると、ソワソワした気持ちを抱え、三田村は寝室のドアを開けた。 完
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