5 エイプリルフールの話

1/2

22人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

5 エイプリルフールの話

 それはほんのちょっとの出来心。だけど思い浮かんだ言葉は、無駄にオレの心を切り刻んだ。  だからか、選択したそれも正解ではなかったのかもしれないが。 「おはよ、パンでいいか?」 「はよ……うん、今日早かったな、起きるの……」 「うん、何か目が覚めちゃってな〜」  あくびをしながら恋人(かがわ)がキッチンへとやってきた。  いつもの時間通り。平日の朝であれば連れ立ってキッチンへ入る事も多いが、今日は違った。  二人がけのダイニングテーブルには弁当の残りの卵焼き、大根とツナの煮物、ちくわの照り焼きが一つの皿に盛られている。モーニングプレートにしては色味が悪い。 「ふぁぁ……三田村はコーヒー?お茶?」 「んー、コーヒー」 「ん」  隣に立った香川の顔はまだ眠そうだ。棚からインスタントコーヒーの瓶を出しティースプーンで一杯ずつマグカップに入れる。  そこへ既に沸かし保温にセットされている電気ケトルでお湯を三分の二ずつ。冷蔵庫から牛乳パックを出し注ぐ、大体朝のルーティンだ。  テーブルへ移す前に一口飲んだ香川は、漸く目が覚めたような顔をした。  お揃いのマグカップは引っ越しの時に買ったもの。色違いも悪くないと思っていたけど、二人共食器類にこだわりがないので、どちらが使ってもいいようにと家にあるものは大体同色のものだ。  更にそれぞれの部屋から持ってきたものもあるので統一性はない。  両手に黄色のマグカップを持つと、香川はテーブルへ移動した。 「目玉焼き何かける?」 「ん〜……しお……醤油にする」 「んじゃオレは塩で……」  卵焼きもあるのだが、珍しく卵が安売りしていた為連日買ってしまったので冷蔵庫の中には空いてない卵がもう1パックある。帰ってきたら茹でて煮卵でも作れば直ぐに消費出来るだろう。  目玉焼きに何を掛けるか、香川はその時々で変わるので毎回何にするか聞いている。塩、醤油、ケチャップ、ソース、マヨネーズなどなど。オレは大抵塩だけど、たまに香川と同じものにする。  オーブントースターから取り出した食パンを皿に出せれば朝食のスタートだ。  今日の朝食は、食パンに目玉焼き、あとのおかずは弁当の残り。昨日の夕飯の残りのきんぴらが小鉢に盛られている。これは弁当に入り切らなかったので食べきってしまいたい。 「いただきます」 「いただきます」  向かい合わせに座る。手を合わせる訳ではないが、声を掛け合って始まる食事は心地よい空間を生み出す。  ダイニングテーブルからではやや遠いが、テレビからは朝のニュース番組が流れている。  それをまったり見ながら黙々と食べる。  4/1。エイプリルフール。学生時代は春休みだが、社会人であれば年度の始まりなので人によっては大事な日になるかもしれない。  だが期末の忙しさを乗り越え、というかまだ決算関係の仕事があるので通常業務は週明けになりそうな状況なので、エイプリルフールにかまけている余裕はない。ないのだが、たまにはいいのではないか?という悪戯心が居心地悪く三田村の中にはあった。 「今日も遅い?」 「んー……」  目玉焼き、やや半熟にしてある。黄身を潰してもとろりとはみ出てはこないが、キレイなオレンジ色は食欲をそそる。  香川は目玉焼きの真ん中に箸を入れ、それを十字に切り分けた。醤油を掛けて四分の一になった目玉焼きを口に入れる前に答えた。 「たぶん……」  言って口の中に目玉焼きを入れ、もぐもぐと口を動かす。  このタイミングだろうか。三田村は密かに思っていた事を口にした。 「そっか……今日はすき焼きにしようと思ったんだけどな」 「えっ?!!」 「すき焼き」 「まじで?遅いって言っても……そんな……22時とかになならないと思うけど……」 「そっか」 「うん」  嬉しそうな顔を見たら今日が何の日か言えなくなってしまう。  本当は別の事を言おうと思っていたんだ。  それは言えないから、早々にネタばらしをする。 「あー……ごめんな、嘘付いた」  「えっ?!なん……あ!そうか!エイプリルフールか!!……んだよ〜うわ〜やられた……」  一瞬意味が分からないという顔をした香川だったが、直ぐに今日が何の日か思いついたようだ。悔しそうな顔に罪悪感がちくりと刺さる。 「ごめん……」 「……いいけど……お前なぁ……今まででエイプリルフールにこんな事言ったことなかったじゃん」 「そうなんだけど……なんか、思いついて……お前がどんな反応するのかみたいなって……ごめん」 「……いいけど……」 「今日はできないけど、週末すき焼きしよっか」 「……うん、食べたい……」  許してくれるのだろう、しょうがないなっていう顔で香川は笑った。 「香川も……」 「ん?」 「香川もなんか嘘ついてよ」 「は?」 「なんかって……」 「オレが傷付きそうな嘘がいい」 「………」  嫌そうな顔をしていたが、一分位考えて香川が口を開く。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加