5 エイプリルフールの話

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「お前の弁当よりコンビニ弁当のが美味しい」 「うーん、足りないな」 「えーと、今晩ピザ食べたい」 「本当に食べたいならデリバリーでもいいよ、もう一声」 「えー?もう一声って……じゃあ……今日帰ってこないから」 「それは傷付くっていうより、寂しいし心配するやつ、別ので」 「……お前のメンタルどうなっえるんだよ、マゾかよ……」 「Мではないと思うけど……あぁ、でもお前に縛られたら興奮するかもしれん……」 「……」  心底呆れた、という顔をされたがそんな事で傷付けられる程ヤワなハートではないのだ。もう少しハードなのを頼む。 「うそ!嘘!しないから!!あー、ほらまた!なんかないの?!」 「……お前のことすきじゃない……かも」 「……うーん……微妙……」 「微妙?なんで?」 「今は好きじゃなくても、好きになるかもじゃん」 「そうだな、お前はそういう思考回路だったな……無理ゲーすぎるんだけど……」 「……別れるとか、言わないのな……」 「あー……考えたけど……お前、それオレが言ったら傷付くっていうより……」  躊躇いがちに香川が続ける。 「監禁しそう」  言うのを躊躇ったのはオレの心情を慮ってくれたから、というよりは想像して怖くなったからかもしれない。よく分かっているじゃないか、正解だ。 「あはは、するかもオレ」 「……」 「うそうそ。だから言わない?」 「……言いたく……ないし……つか、お前が色々言わせたんだからな、オレは別に……」 「うん、ごめん……」 「……んだよ……」  香川は拗ねたような顔だが、その瞳の奥に不安を見つけ、傷付けてなんて言えばどちらが傷付くか分かってたのに、猛省しても足りないと今更後悔する。  朝食を中断して抱きしめたい。でもそれは単なる自己満足だ。香川はそれで安心してくれるタイプではない。  心を尽くして言葉で解かなければお互いが安心出来ないと言うのに。 「ごめんな……」 「……何に対してのごめんなんだよ」 「……うそ、ついたから」 「……」 「本当はオレが言おうと思ったの、別れようって嘘を……」 「……」  驚いたように目を見開き、じっと香川はこちらを見つめてきた。まるで真意を確かめるような視線に、もう嘘は言わないと真心を込め頷く。 「……言わなかったじゃん……」 「言ったら自分で傷付くから……でも、お前の反応を見ようとした……ごめんな……」 「……言わなかったじゃん、だから……別に……もう、いいし……」  言ったらすんなり受け入れるとは思っていないが、少しは慌ててくれるだろうか、反対してくれるだろうか、そんな風に考えていた。試したくなった。  疑っている訳でも、信じていない訳でもない。  気持ちが通じ合っているのは分かっているのに、心のどこかに漠然とした不安はいつだってある。それが香川にもあるのか知りたい、そう思ったから「別れよう」なんて最悪なセリフで試そうとした。  傷付くから言いたくないなんて言って、言わせて傷付けたくせに。 「……お前、面倒くさいとこあるよな」 「……それは……否定しない」 「別れたいって思われている訳じゃないからいいけど……つか、すき焼きも結構ひどいからな」 「ごめんなさい」 「うん、もういいよ」  仕方ないなって香川が笑う。屈託なく笑ってくれる顔になんだか泣きそうになった。  抱きしめて安心したいのは自分の方だ。  でも、そんな事したら。 「あー、もう、ほんとお前なぁ……お前のが図体でかいのに……ちょっと頭下げろ」  食パンを齧ろうとしていた香川はパンを皿に戻し、右手の平を下に向けた。頭を下げろのジェスチャーだろうか。 「え?」 「いいから、頭下げて」 「……」 「……三田村」  優しく呼ばれ、分からないながらも頭を下げる。座ったままだから目玉焼きとの距離が近くなった。なんだろうと思っていると、頭を軽く撫でられた。 「終わり、頭上げていいよ」 「……」 「……なんだよ、何か言えよ……」 「あー……うん……なに?」 「……なに?じゃないだろ……泣きそうな顔してたから……」 「……うん」 「うん、て……お前なぁ……」  口調は呆れているのに顔は優しい。朝の忙しい時間帯にするやり取りではないのに、面倒くさいと思いながらもちゃんとオレを想ってしてくれたのだろう。抱きしめてくれないところが香川らしいといえばらしいけど。でも、嬉しくて、やっぱり泣きそうだ。 「泣かないし」 「……そうだな……食べようよ、時間なくなる」 「うん……」  ずずっと鼻をすすれば、無言で立ち上がった香川が棚に置いてある箱ティッシュを持って戻ってきた。 「ほら」 「…………ありがと」 「どういたしまして」  もうこの話はおしまい、とでも言いたげにパクパクとおかずを口に運ぶ。時間もないので早く食べなければいけないのに、何だか胸がいっぱいで食欲が湧かない。 「お前、今日休むか?」 「……休まない、そんなひどい顔してる?」 「……してないよ、いつものイケメンだ」 「ははっ、イケメン言われた」  上手く笑えたか分からないが、香川はただ優しく微笑んだ。  コーヒーを飲み食パンを齧る。一口食べたからか少しだけ食欲が戻る。戻ると心に余裕が出てきた、そして、更に出てきたのは欲だ。 「明日休んでどっか行こうか?」 「え?」 「それとも部屋でまったりする?」 「……どっちもいいな……」  急な提案に香川は少し考えてから答えた。 「ただ、明日は無理だ」  きっぱりとした口調には残念さはないのだが、呆れている訳ではないだろう。香川の表情は穏やかだ。 「だよな、オレも無理だな」 「……来週なら有給取れるよ、たぶん」 「オレも来週なら、平気かな……たぶん」  お互い曖昧ではあるが、約束が決まりそうだ。  嘘じゃないけど、今日は実現不可能なだけ。  誰も傷付かない優しい嘘は難しい。  オレ達には思い付かないかもしれない。  でも、それでいいのだろう、オレ達には。  嘘も秘密もない関係かは分からないし、言えない事がないとは言えないけど。信頼関係はちゃんとあるから。そして、愛情も確かに、密やかにあるから。 「早く食べちゃわないと遅刻するぞ」 「うん」  忠告してくる香川の皿は半分以上空間が出来ている。急いで食べないと置いていかれるかもしれない。 「じゃあ今晩はすき焼きで」 「騙されないからな」 「はは」  今晩本当にすき焼きにしてみようか。  香川はどんな表情を見せてくれるだろう、想像した香川の顔は三田村の心を温かくしてくれた。 完  
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