1 アイスキャンディーとエプロン

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「香川」  濡れたままの髪に三田村の指が絡む。額から頭の天辺まで往復してまた戻り、耳に触れる。 「おい」  冷たい手の平はそこから首筋を通って肩から胸に行く前に、香川の腕に阻止された。 「おい、何始めようとしてんだよ」 「……してもいいの?」 「いまさら……」  笑った顔が近付いたので、顔を背ければ耳元に熱の籠った三田村の声が落ちた。 「香川」 「ここじゃ嫌だって」 「なんで?」 「何でって……ソファー汚れるし、大体何の用意もないだろ」 「持ってくるよ」 「取りに行くならベッドですればいいじゃん」 「えーいいじゃん、ここでも、温まるよ」  真上にある顔は楽しそうだが、香川の表情は逆に怒り出す寸前のように険しい。 「嫌だって」 「……ベッド以外でするの嫌がるよね?恥ずかしい?」 「そーいうのじゃないけど」 「じゃあ何?」 「何って……落ち着かないし……やだ」 「落ち着かないって、でもお前の部屋でも嫌だって言うじゃん」  三田村の表情は変わらない。言い合いすら楽しんでいるような節がある。  ぷいっと顔を背けると、微かな笑い声と共に名前を呼ばれた。 「香川」 「……」  個室は別々にある。でも寝るのは大体三田村の部屋。あいつの部屋のベッドの方が大きいので、ほとんど自室で寝る事はない。  あとエアコンもあいつの部屋にはあるけどオレの部屋にはついてない。いつか買えばいいやと思っているが、このまま買わなくてもいいかと思っている。あったら便利だけど、なくてもなんとかなっている。 「嫌なもんは嫌なんだよ」    嫌だと言う理由はあるけど、それを話すつもりはない。 「オレはこの部屋のどこででもやりたいけどなぁ……キッチンでも風呂の中でも」 「付き合ってても合意がないのはゴーカンと同じだからな」 「分かってるよ、嫌だって言ったらしてないだろ?」 「……」 「……」 「……して」 「最後まではしてないじゃん」  そういう問題じゃないと思うけど。  下から見つめれば、分かったよと言って三田村は上体を退けた。  確かに嫌だと言えば三田村は強引に事を進めようなんて乱暴な事はしない。男兄弟がいるので取っ組み合いの喧嘩をした事もあるが、そんなのは子供の頃の話だ。  ジム通いをして体力も体格も上回る三田村と力比べをすれば、結果は明らかだ。考えるまでもなく負ける。  紳士的、とでも言おうか。割りとその辺は男同士だけど大事に扱われているとは思う。そこに甘えるつもりはないけれど、嫌なものは嫌なのだ。 「ベッドならいい?」  行為が嫌な訳ではない。ぺたりと引っ付いてきた三田村は甘えるように聞いてきた。でも、何かに思い至ったのか、直ぐに体を引いた。 「あ、いいや、やっぱりなし」 「?」 「……ごめん、疲れてるよな?今週ずっと残業だったし」 「……あぁ……うん……」  そうだけど……。 「別に……大丈夫だし……」 「……ほんとに?」 「うん」 「……香川」  今度こそキスされるかと思い身構えたけど三田村は何もしてこなかった。腕を回し、ぎゅっと抱きついただけ。  キス位はいいのに、そんな風に思ったがどこまでなら、なんて線引きを聞かれても困るので言うのは止めておいた。
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