奇跡は簡単に作られる

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3  初めて、九条先生とお会いした時、先生は自身の研究室で紅茶を飲みながら、のんびりと読書をしていました。部屋をノックすると、優しそうな笑顔で出迎えてくださり、私にもダージリンティーを淹れてくださいました。 「さて、早速、幾つか論文を読んでもらう……と言いたいけれど、今日は初日だし、のんびりとお茶でも飲んでお喋りしようか?」  初日で緊張している私に気を遣ってくださったのでしょう。本当に良い先生です。既にご存知の方が殆どだと思いますが、一応、説明しておきましょう。  九条葦徒(くじょうよしと)先生は「防衛学・安全保障・社会学・福祉政策・臨床心理学」などの多彩な分野を研究しておられます。黒いスーツの上に何枚かの白衣を着用しており、黒縁の細いスクエア型の眼鏡をしておられ、黒髪で整った顔立ちですが、やや童顔気味……。っと、失礼。これは余計でしたね。「名探偵コ〇ン」の工藤〇一が眼鏡を掛けているイメージと言えば、伝わりやすいでしょうか?  先生は最近は思考実験にハマっておられるようでした。本棚には数千冊の本が並べられており(先生によると家にはまだまだあるよとの事でしたが……)、机には「思考実験」のワードが入った本が数十冊、重ねられていました。 「ところでさ……。君は『奇跡』って信じるかな?」  急にそう尋ねられ、私は心臓がびくりとしました。もしや、あのブログを知っているのかな? 少し、そのように考えてしまいました。しかし、九条先生の意図は私の想像と全く違うものでした。 「あぁ、えっとね。実は今、研究しているのが『奇跡は本当に奇跡と呼べるのか』っていうことなんだ。『誕生日のパラドックス』という思考実験を基にしていてね。聞いたことはある?」  誕生日のパラドックス? 私は言葉に詰まりました。昔から、私は教科書の内容の知識を詰め込むのに精一杯で、雑学には極端に疎いのです。  困っている様子の私に、九条先生は親切に解説してくださいました。 「『同じ誕生日の人がいる確率が50%以上になるには、何人必要になるだろうか?』という問いがあったとする。恐らく、多くの人は『計算はしていないけれど100人以上は絶対に必要だ』と考えてしまう。しかし、確率を計算してみると正解は『23人』なんだ。思ったよりも少ないだろう。でも、その思い込みには理由がある。ここで求められているのは『集団の中に同じ誕生日の人間が居る確率』だ。つまり、特定の誰かではなく、集団の中に居る人ならば、どのような組み合わせでも良いんだよね。特定のAという人物だけで考えたら確率は下がるが、『AとB』でも『BとC』でも何なら『EとZ』の組み合わせでも良い。こうなると、確率はぐっと上がるんだ。だから、正しい計算式は『365分の?』ではなく、『1(100%)-全員の誕生日がバラバラである確率』ということだね。我々はこのような問題が出されると、つい『特定の誰かと同じ誕生日の人はいるか』という問題だと勘違いしてしまう。だから、直感と正解の数字が大きくかけ離れてしまうんだね」  先生の話を聞いて、私は体が震えてしまいました。まさか、私が今まで信じてきた「奇跡」も実は「奇跡じゃない」のかもしれない……。  私は耐え切れなくなり、九条先生にスマホを渡し、そのブログを見せ、尋ねました。 「先生はこれが奇跡だと思いますか?」
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