奇跡は簡単に作られる

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4 「そうだねぇ……」  先生は首を捻りながら、じっと私のスマホの画面を見つめました。そして、ガリガリと頭を掻きながら答えました。 「実は僕は数学が苦手でね。あまり、正確な数字は出せない。だが、それでも断言できる。これは決して」  そして、先生はスマホで何かを調べながら、ホワイトボードに計算式を書き連ねました。 「僕は具体的な確率の求め方の計算はちょっとあやふやなんだ。そこは申し訳ない。だが、組み合わせの計算を用いることで、決して『奇跡』と呼べる確率ではないことは証明できる。  まずは、このYさんとKさんの共通項を洗い出そう。一つは大学が同じであること。学部は違うみたいだけどね。二つめは取っている語学の講義が同じ中国語であること。三つめは同じ塾で同じ先生の講義を受けていたこと。四つめは家が近所で幼稚園に入る前に一緒に遊んだ仲であるということだ。確かに、共通項だけを見れば、『四つもあるから、この条件に当てはまる人はそうはいない。だから、これは奇跡だ!』って早合点したくなる気持ちも分かるよ。でも、これも先程の誕生日問題と同じだ。問題の本質を捉えなくてはならない。  ここで大事なのは、これは二人組を作る問題ってことだ。この予備校の先生は、これらの共通項を持つ二人組を指して『奇跡』と呼んでいる。でも、この問題は『』ということを考えるべきなんだ。  まず、ブログが投稿された年の昨年の〇〇大学の合格者数を調べてみたよ。昨年の卒業生って書いてあったからね。両学部で合計2565人だそうだ。この中から二人組を作ると、組み合わせは『2分の2565×2564』となる。これを計算すると『328万8330通り』となる。凄い数でしょ。  そして、この大学の中国語の講義について調べたが、どうやら〇〇大学では第二外国語に中国語を選択する人間が四割以上存在するらしい。同じ大学の学生がアンケートを取ったみたいだね。理由としては『サークルの先輩方にオススメされたから』とか『サークルの先輩が同じ中国語で過去問や教科書をくれるから』とある。ということは、新入生は比較的、中国語を選びやすい傾向にあると言えるね。さて、先程の合格者数の四割を計算すると『1026人』と出た。二学部合計とはいえ、やっぱり大人数だね。で、ここから、また二人組が出来る確率を調べてみよう。先程の要領で計算すると『52万5825通り』という数字が出た。これもまた、大きな数だ。  そして、最後の二つの共通項だが、これらは一括りで考えると『過去に会った事がある』と言い換えることは出来ないだろうか。つまり、『小さい頃に一緒に遊んでいた』というだけなら『幼稚園で一緒だった』、『習い事で一緒だった』、『小学校或いは中学校で一緒だった』、『町内会のお祭りで一緒に遊んだ』……とか色々と考えられる。要はこのブログの内容だと、ざっくり言ってしまえば『かつて二人は実は出会っていた!』ということを強調している訳だから、『過去に出会っている』という条件さえ満たせれば何でも良い訳だ。  同じ大学で二つの学部で二人組が作れるのは『328万8330通り』。第二外国語が同じという条件を加えれば、少し数は減るけれども『52万5825通り』。どうだろう? 四捨五入して、約53万通りもの組み合わせが出来るのならば……。そして、『実は過去に時間や場所を問わず、会ったことがある』と共通項の条件を言い換えれば……。少なくとも、このYさんやKさん以外の二人組の組み合わせでも、何グループかは似たような共通項を持つ人達が作れるんじゃないだろうか?  もっと言ってしまえば、このKさんとYさん以外に同じ大学の中国語のクラスにZさんが居たとしよう。このZさんはKさんと小学校の時に一緒のクラスだったかもしれない。Yさんと同じピアノ教室に通っていて、顔を合わせていたかもしれない。はたまた、KさんとYさんの家系を数十代前まで遡れば、戦国時代に先祖が同じ領地で足軽と領主の関係で顔を合わせていたのかも……。つまり、この共通項は様々な解釈が出来て、キリがないことになってしまうんだね。  そして、よくブログを見ると、この二人は家が都内の近所だったと分かる。そして、特に片方が途中で関西に引っ越したとか、そういう情報は無い。この先生の予備校と、この〇〇大学はかなり有名で多くの人が此処に通うことを選択する。似たような地域に住んでいれば、必然と似たような場所を選択しやすくなるだろう。この要素は確率が上がる要因になり得る。  さて、長い話になったが、僕が言いたいのは『このブログに書いてある内容は決して奇跡と言える数字じゃない』ってことだよ。少なくとも、宝くじで一等が当たるとか、そういう次元の話じゃない。充分に起こり得ることだ。『誕生日問題』のように相手を特定せず、集団の中での確立を求めるならば……の話だけれどね。ちなみに、宝くじの当たる確率は一説には東京ドームの天井から針を落として、球場一面に敷き詰めた新聞紙の特定の一文字に刺さる確率と等しいと言われている。数字にすると『0.00001%』だ。その確率と比較すると、彼女たち二人が『昔、子どもの頃の友達だった確率』は『奇跡』と呼べるのか……。甚だ、疑問だね」  先生のその言葉に、私の顔からサァッと血の気が引くのを感じました。    
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