第一章

1/18
前へ
/159ページ
次へ

第一章

「しゃ、社長……? 何するんですか」 高級マンションの一室に、女の慌てふためく声が響き渡る。 「俺はただの上司で、あいつはお前の男……口にするのも腹がたつ」 「あ、やっ……」 言いながら男は女に覆いかぶさる。そして噛みつくようなキスを落とした。 「んっ……しゃ、ちょう……っ」 「あんな男のことなんて、忘れろ」 (……ただの社長と秘書の関係だったはずなのに、どうしてこんなことに) 「俺だけを見てろ」 女は男の腕の中で、一夜だけの花を咲かせた。 ◇◇◇ 社員の間で「アンドロイド秘書」と言われていることは、神谷澪(かみやみお)も知っていた。それはきっと不愛想であまり感情を表にださないせいだろう。 どんなときも常に冷静沈着で、簡単には笑みを見せない。黒い髪をひとつにしばり、黒のスーツを着こなす澪は、身長160センチと女性にしては高め。目はクリっとして愛らしいが、その大きな目も眼鏡によって隠されている。そのせいか、どことなく近寄りがたい雰囲気がする。 今回新たに社長に就任した本郷匠馬(ほんごうたくま)も、澪の噂やあだなは小耳に挟んでいた。だがここまでクールで、堅い女性だとは思わなかったようだ。 「神谷です。どうぞよろしくお願いいたします」 二つ折りの定規を連想させるお辞儀で、デスクに座る匠馬に挨拶をする。匠馬はその所作の美しさに一瞬目を奪われつつも、言葉を返した。 「こちらこそ、よろしく」 匠馬は秘書は不要だと着任前こぼしていた。なぜならそんなものいなくても、スケジュール管理も、仕事もできると自信があったからだ。 だが現役を退いた前社長、本郷幸之助に、それでは神谷さんが可哀そうだと言われ、しぶしぶつけることにした。
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1813人が本棚に入れています
本棚に追加