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第一章
「しゃ、社長……? 何するんですか」
高級マンションの一室に、女の慌てふためく声が響き渡る。
「俺はただの上司で、あいつはお前の男……口にするのも腹がたつ」
「あ、やっ……」
言いながら男は女に覆いかぶさる。そして噛みつくようなキスを落とした。
「んっ……しゃ、ちょう……っ」
「あんな男のことなんて、忘れろ」
(……ただの社長と秘書の関係だったはずなのに、どうしてこんなことに)
「俺だけを見てろ」
女は男の腕の中で、一夜だけの花を咲かせた。
◇◇◇
社員の間で「アンドロイド秘書」と言われていることは、神谷澪(かみやみお)も知っていた。それはきっと不愛想であまり感情を表にださないせいだろう。
どんなときも常に冷静沈着で、簡単には笑みを見せない。黒い髪をひとつにしばり、黒のスーツを着こなす澪は、身長160センチと女性にしては高め。目はクリっとして愛らしいが、その大きな目も眼鏡によって隠されている。そのせいか、どことなく近寄りがたい雰囲気がする。
今回新たに社長に就任した本郷匠馬(ほんごうたくま)も、澪の噂やあだなは小耳に挟んでいた。だがここまでクールで、堅い女性だとは思わなかったようだ。
「神谷です。どうぞよろしくお願いいたします」
二つ折りの定規を連想させるお辞儀で、デスクに座る匠馬に挨拶をする。匠馬はその所作の美しさに一瞬目を奪われつつも、言葉を返した。
「こちらこそ、よろしく」
匠馬は秘書は不要だと着任前こぼしていた。なぜならそんなものいなくても、スケジュール管理も、仕事もできると自信があったからだ。
だが現役を退いた前社長、本郷幸之助に、それでは神谷さんが可哀そうだと言われ、しぶしぶつけることにした。
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