旅は道連れ 世は厳し

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旅は道連れ 世は厳し

 それから。春休みに入った学園では、生徒たちは進学にむけて思い思いにす ごしていた。新学期までは日が浅いため、実家に帰る者はすくない。寮生たち はシアタールームで映画をみたり、友人とスポーツに励んだりと、つかのまの 自由を謳歌する。  ルイーゼは寮の部屋で荷物をまとめていた。進級がかなわずに、学校には休 学届けを出した。半年間なら無条件で休学が可能なのだ。  それで、まだ親にはこの件を連絡していない。また逃げだと言われれば、そ うかもしれないが……  少しわくわくしている。  半年間どうすごしのか、まだなにも決めていない。幸い、学校の裏に自生し ていためずらしい植物を採って魔法商人に売ったので、しばらく生活に困らな いお金はあった。   なにか新しいことをしようかな。  もともと、魔法学の勉強がしたいという高い志があったわけでもない。  学園を離れるといっても、挨拶する友人もいない。が、いちおう義理として お世話になった先生にだけは一言告げようと、ルイーゼは春休み中のひとけの ない職員室にやってきた。  職員室にいないとなると、クライの居場所は一カ所に絞られる。植物園で、 クライは花を愛でていた。 「ちょうどよかった、ルイーゼ。こちらも話があるんです」 「あ、そうですか? わたしはたいして話ないんですけど……」 「お茶をごちそうしましょう」  多少強引にクライに招かれて、ルイーゼは植物園の休憩スペースの椅子につ いた。クライは暇さえあればここで植物の世話をしている。 「聞きましたよ。休学のこと」 「ええ、実は追試もだめだったので、進級できないことになって……。でもチ ャレンジミッション、たのしかったですよ。なにが正解かよくわからなかった けど」 「第三関門の件ね、あれはルイーゼは正しかったと思いましたよ。最初にルー ルに書きましたからね。無理なら脱出アイテムを使うこと、と。あれだけ速や かに判断を下して脱出したのは見事でした。ただ、正式にクリアしないと進級 は認められないことになっているので……」 「え? 見てたの?」 「もちろんです」  何食わぬ顔でクライはうなずき、赤みを帯びたローズティーを飲み、お皿に 盛ったクッキーを食べている。 「いや、怖くないですか? 先生に監視されてるなんて…………」 「危険がないか見守るのは当然ですよ」 「先生が危険なんですけど」 「きみは僕のこと疑いすぎではありませんか? ぜんぜんお茶も飲まないし」 「なにごとも警戒したほうがいいですからね」  ルイーゼは目の前の、紅茶のそそがれたティーカップを無視して水筒を取り 出すと、今朝自分でお茶だしした緑茶を飲んだ。  モモエがいなくても、少しずつ、自分で朝起きる練習をしている。昨日はだ めだったけれど、今日は成功した。 「それで本題です。この学期で契約満了につき、僕はまた次の土地の新しい学 校を探すのですが――まだ決まっていなくて。よければ、あなたもこの旅につ いてきてほしいんです」 「え? どうしてわたしが? イヤなんですが!?」 「休学するならちょうどいいじゃないですか。僕の助手をしてください。旅費 などの経費はこちらで持ちますし、その上、お給料もちゃんと払いますよ」 「そういう問題じゃ……いやお金はほしいけど!」  ルイーゼは今年15歳になる。この地域の法律上は働ける年齢ではあるが、経 験もなく、若いこともあってなかなか雇ってもらうのが難しい年頃だ。  旅費が浮いて給料ももらえるとなると、条件は良いように思える。 「僕は忙しいですからねぇ、常々助手がほしいと思っていたんです」 「いやいやいや、でも、倫理的にアウトじゃないですか? 先生と生徒が。ふ たりで旅なんて……」 「誰がふたりきりなんて言った?」  颯爽と植物園に現れたのは――休みなのにきっちりと制服を着こんだロッテ ・カルネその人だった。 「ロッテ!?」 「私も先生に誘われたの」  誇らしげに胸を張り、ロッテは予備椅子を引っ張って足してテーブルの輪に 加わってきた。 「それ! いらないなら頂きますわ!」 「ど、どうぞ」  ルイーゼの前にあったティーカップを引き寄せ、手元においてから、ふうと 肩で息をついた。 「惜しくもチャレンジミッション『超級』はクリアできなかったけれど、見事 に『ふゆいちご』をクライ先生に持ち帰ったことが評価されて、助手になりま したの」  ロッテは振りまくほどの幸福感に満ち溢れていたが、同時にどこか殺気立っ ていた。  幸せが訪れることも心に結構な負荷がかかるというしなぁ、それかな、とル イーゼが考えていると。 「僕に女の子の助手一人同行というのは、魔法学業界で認められていないんで すよ。先人たちが過去にいろいろやらかした例があったんでしょう。知りませ んけど。――というわけで、ルイーゼとロッテ。ふたりに同行してもらいま す。宿では僕が一人部屋、君たちがツインルームになってもらう。これでオッ ケー、万事大丈夫です」 「なにが大丈夫なんですか!?」 「ルイーゼ、あんたが来ないと、わたしはクライ先生と旅ができないの。せっかく助手になれたのに、ここで別れるしかなくなる。わかったら、ついてくるのよ!!」  ロッテがテーブルに身を乗り上げるように顔を近づけてきた。彼女の鋭い眼 光が迫り来る。 「ロッテ、あんた学校はどうするの。せっかく進級できるのに」 「もちろんそんなの休学するわ。先生についていくほうが、よほど実践で学べ る。色んな場所にも行けるし、だんぜん面白そうじゃない」  その双眸は怒りながら、輝いていた。  モモエもそんな目をしていたのだろうか。この学園を出て行くとき。  この土地にはたしかに、膨大な魔法学の資料があり、叡智が集約している。 けれど――クライは未練なくこの地を離れるという。  世界を放浪するクライのような生き方も、そう、悪くなさそうだ。 「あはは……」  ルイーゼは背もたれに寄りかかり、ちからなく笑った。  どうするんですか? どうするの?  よっつの瞳がこちらを射貫いてくる。  春の日差しが、植物園のビニールハウスに差し込んでいた。  クライとロッテ。ふたりの席に置かれたティーカップに、花の影が落ちる。  ルイーゼはふと急に顔を上げるとこう言った。 「……まあ、とりあえず。なんていうか、そのー……やっぱりわたしも紅茶飲んでいいですか?」 「はぁ?」  ロッテが不服そうに頬杖をつく。クライは喜んで紅茶を新しく淹れ直し、ル イーゼは、透き通った紅い色が白カップに注がれていくのを見ていた。
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