別れはあっても出逢いなし

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別れはあっても出逢いなし

 二年生の三学期。こんな半端な時期に自主退学をする生徒は珍しかった。  完全遅刻で教室に飛び込んだルイーゼに、クラスメイト一同と担任教師の視 線があびせられた。息を切らし素早く生徒たちを見渡すも、見慣れた綿飴の髪 はもうどこにもない。 「モモエ、あ、あたしが、入学時からずーっと、面倒みてたじゃない! なん で!?」  虚空にすがるようにルイーゼは開口一番ぶつけるように叫んだが、応える者 は皆無だった。誰もが哀れみの視線をよこした。 「こほん。……ルイーゼ、あとで植物園に来なさい」  担任教師代理のクライ・メルレードが事務的に伝えると、お咎めの言葉もな く授業が再開される。    植物園のガーデンテーブルについてお茶を淹れて、クライは優雅にカップを 傾けていた。通常、生徒を呼び出す場合は職員室のはずだが、この臨時教師は 一年契約だからか、細かいことにこだわらないらしい。育休を取った担任教師 のかわりに彼が赴任したのが一学期の頭から。思えば、あともう数ヶ月でいな くなるのだ。  趣味で旅をしていて、世界各地の学校を臨時教師として渡り歩いているとい う噂がある。若く見えるが30代半ばらしい。涼やかな碧眼の目に、長い金色の 髪を後ろで結っている。女子生徒たちはこぞって彼に目をキラキラさせたが、 特に熱を上げたのがロッテだ。クライが赴任してからというもの、元々優秀だ ったロッテはもっと目をかけてもらおうと躍起になって勉強し、学年トップに のぼりつめた。  ――ロッテのやつ、一年間しかいない教師に熱を上げるってどうかしてる わ。いくらイケメンといっても二十くらい年上のおじさんだし。それに独身か どうかも分からない。一人で旅をしているところから、恐らくそうだろうとい う憶測だけ。  年上にてんで興味のないルイーゼはクライを見上げた。長い足を組み、明ら かに格好つけている。彼はそろいのティーカップに新しくお茶を注いだ。 「君も飲んでいって。どうぞ」 「いや、いいです」  ルイーゼは自分が思うより冷たい声で断った。防衛本能である。相手が教師 だからといって油断はできない。道を踏み外した教師の噂は何度も聞いたこと がある。  聞けばモモエは、今朝はやくに荷物をまとめて馬車で新天地へと越していっ たそうだ。昨晩はいつもと変わりない夜を過ごしたのに。ルイーゼが寝入って から私物をまとめて、ルイーゼが起きる前にさっさと行ってしまった。  挨拶もなく相談もなく。  親友でルームメイトのルイーゼを置き去りにした。 「モモエはどこにいったんですか? 実家に帰ったんじゃないですよね……」 「モモエくんはあの美貌で、しかも天然キャラクターでしょう。周りが放って おく手はないのだろうねえ」 「は?」 「スカウトされたそうですよ。アイドルデビューすると」 「え、なんですかそれ? だまされてるんじゃない? 大丈夫?」 「……まあ、僕もその事務所の人と話をしたけど、大手事務所だったし、ご両 親も賛成しています」  もうクライの言葉は入ってこない。ルイーゼには、なすすべもなかった。あ の臆病なモモエが、なにをするにもルイーゼの後ろをちょこちょことついてき たようなモモエが、一人で決めて行動に移した。もしルイーゼに告げれば反対 するに決まっているし、退学を止めるだろう。そうすれば気持ちは揺らぐ。そ れを振り払ったのだ。ルイーゼの手を振り払った。その事実は重くのしかかっ た。  寮に戻っても一人。教室でも一人。ルイーゼはぼんやりと所在なく過ごし た。モモエに頼り切っていたのは自分のほうだった。世話しているつもりで世 話をされていた。ルイーゼは、モモエがいれば話し相手に困らなかった。他 に、積極的に友人関係を築く努力をしてこなかった。二年生の終わりに、今さ ら誰かに話しかけるのも気が重い。暗雲が垂れこめているような顔でルイーゼ は過ごした。  とうぜん期末テストにも身が入らない。朝も起きられない。出席日数が足り ない上に、テストで赤点を取り、ほぼ落第は決定した。  モモエがいないだけで学校生活は鈍色だ。  追試の勉強にも身が入らず、ルイーゼは図書館で窓を見ていた。 「あーあ。もう無理だぁ。わたしも学校辞めようかな~」  独り言を言いながら、六角鉛筆をノートの上に転がす。  どんなに魔法学を身につけたところで、魔法が使えるわけではない。それに 勉強が好きとは言い難いルイーゼが、なぜ進級に厳しい学校に自らの希望で受 験し、入学したのか。地元の普通科に通わなかったのか。 「それで実家に帰っ……帰って……?」  前髪をいちいち切るのが面倒くさい――その理由だけで適当にのばして左右 に分けている。そんなルイーゼの額が一瞬で蒼白になった。
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