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それからわたしは、真衣についていろいろな事を知りました。ただ、あの子が吸血鬼というのは、やっぱり本当の事でした。
真衣は完全な夜行性というわけではありませんが、太陽の光が苦手で良く日がさをさしていましたし、いつも持ち歩いている水とうの中には、黒っぽくて生ぐさい液体が入っていました。
あと、「にんにくとか好き?」と聞いたら、「あんなの食べ物じゃない」と言っていました。
でも、普段は吸血鬼らしさなんてなくて、本当に、普通の子でした。
算数と理科はすごく得意だけれど、国語と社会はびっくりするくらい苦手だし。
足はすごく速いけれど、球技はからっきしだし。
他の子と同じように、得意な事があって、苦手な事があって。
怒る時は怒って、笑う時は笑いました。
本当に、普通の子でした。
ただあの子は、ひとつだけ、他のみんなと比べて、驚くほど、どうしても出来ない事がありました。
それは、『他人を信じる』という事。
あの子は、例えば遊びの約束とか、勉強の約束とかをすると、決まって「血を吸わせて」と言ってきました。
話によると、吸血鬼は血を吸った相手の思考を読み取ったり、コントロールしたりする事が出来るらしいです。
真衣は相変わらずクラスの全員と『仲良し』でしたが、それはやはり、血を吸った事による影響なのだと言っていました。
「……でも、あなたは違うね」
ある時、真衣はわたしにそんな事を言ってきました。ふたりで図書室で勉強をしていた時でした。
「何が違うの?」
「あなたは、わたしと違う。あなたは血を吸わなくても、たくさんのトモダチがいて、うらやましい」
「うーん……。でも普通、友達ってそういうものだよ? そもそもわたし、血なんて吸えないし」
「うん、知ってる。だから、うらやましい」
とろんとした目をきらきらさせて、そんな事を言う真衣。
「でも、わたしは真衣に血吸われてないけど、友達じゃん」
にー、と笑ってみせます。でも真衣は、じとっとわたしを見てきました。
「信用出来ない。演技かもしれない」
「いや、なんでそうなる」
「本当は演技で、わたしの事だましてるのかもしれない。それで、かげで笑ってるかもしれない。トモダチだと思ってるのは、わたしの方だけかもしれない」
「絶対ない。わたしは真衣の事好きだよ」
「なら、確認させて」
そう言って真衣は、ぬーっとわたしの首に顔を近づけてきます。
なので、真衣の頭をぺしんとはたきました。真衣は顔をゆがめました。
「……痛い」
「どうじゃ、痛かろう。それが人を疑った痛みぞ」
「わたしたち、トモダチ?」
「そ、友達。絶対。ずーっとね」
納得したのか、真衣は頭をこくこく小きざみに動かして、首を引っ込めました。わたしは安心しましたが、でも同時に、暗い気持ちにもなりました。
最近、真衣の『確認』の回数が増えてきました。
あの子は普通の人と違い、やろうと思えば他人の心を知る事も、他人の心を操る事も出来ます。だからこそ、あの子の中の『他人を信じられない心』は、きっとわたしが想像している以上に深く、暗く、大きいのでしょう。
だから。今のところ、こうしてなだめてはいますが。いつか真衣の中で、わたしに対する『疑い』がおさえきれなくなる日が来る。そんな気がするのです。
そしてそうなったら、きっとわたしは血を吸われ、『わたし』は『わたし』でなくなってしまうのでしょう。他のみんなのように。
正直、それはとても嫌です。でも、だからこそ今、わたしがわたしである今のうちに、ちゃんと今の気持ちをここに書いておきたいのです。
そして願わくば、20年後のわたしに、今のわたしの気持ちがしっかりと伝わって欲しいと思います。
20年後のわたしへ。
わたしは、今、真衣の事が好きで、心から、大切な友達だと思っています。
だから、もしその時わたしの首に『仲良しのしるし』がついていたとしても、どうか引き続き、さびしがりやでかわいいあの子の友達でいてあげてください。
それが今の、わたしの願いです。
20XX年、6年3組、瀬戸由香
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