14.希望的観測

2/2
164人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
(待って、ちょっとあんた、待って!) 夢の中、俺はオウジサマ第三候補を追いかけていた。長い金髪を風になびかせ、第三候補は俺から走って逃げる。なんで俺たちは車にも乗らず、追いかけっこしているのだろう。 (国に帰りたくない!) オウジサマ(で、いいよねこの際)は走りながらそう叫んだ。 (わ、わかるよ、国に帰ったら結婚すんだろ?気持ちはわかるけどさ、俺も仕事なんだよ!) (見逃して!) (いやいやそういうわけには・・・) 走りながら息も切らさず俺とオウジサマはべらべら喋る。オウジサマ日本語堪能。さすがは夢、ご都合主義が過ぎる。 (ねえ、ちょっとさ、まず一回止まってお話しない?)  (嫌だ!) (話聞くから!なんなら辺見さんに口添えしていやってもいいし) 何言ってんだ、俺。俺の口添えなんてなんの効力もありゃしないっつーのに。 が。 なんとオウジサマが足を止めたではないか。 (よ、よかった、ね、ちょっと話そう) (・・・・・・話?) オウジサマは俺に背を向けたまま言った。俺は少し離れたところから、極力深刻にならないように明るい声を出す。 (日本、好きなんだろ?あと一年、滞在延ばしてもらったりとか・・・) (・・・・・・) (辺見さんなら、国の人に都合つけてくれるんじゃないかな?話すだけでも話してみるとかさ) (そんなこと無理だ) (だったらせめて半年・・・三ヶ月でも) オウジサマは答えなかった。まあ、確かにその程度のことで解決するとは思えない。気休めでしかないのはわかっているが、他に言えることもなく。 (・・・・・・わかってるのか) (へ?) オウジサマの口調が若干厳しくなる。俺はなんのこっちゃわからず首を傾げた。 (どうして私が帰りたくないのか・・・本当の理由を知っているのか) (・・・えっと、あの?) そんなの俺が知るわけないでしょ。と、思ったその時、オウジサマが振り返った。 「・・・まる、国丸」 「・・・ふぇ?」 「ご飯、出来たよ」 史遠が俺をのぞき込んでいた。 そう、夢、夢だ。これは俺が勝手に都合よく作り出した夢、なんだけど・・・ 「お・・・皇子?」 俺は思わず口に出してしまっていた。しまった、と思ったときには遅かった。鳩が豆鉄砲を食らった顔をして、史遠は言った。 「・・・は?」 「あっ、・・・ごめん、あの、その」 「国丸・・・寝呆けてる?」 「そ、そう、寝呆けて、ごめん」 俺は笑って誤魔化したが、史遠は不思議そうな顔で飯のトレーを持ってきてくれた。 白飯と味噌汁、焼き魚に卵焼き、そして納豆。 「すげえ・・・和定食じゃん」 俺はこういう純和食が何よりも好きだ。 「国丸、好きだって言ってたから」 「あ・・・ありがとう」 一回だけ、そんな話をした気がする。覚えていてくれたんだ・・・国丸感激。 「納豆まで・・・」 ちらりと史遠を見ると、ちょっと苦しそうにしている。本当に納豆の臭い嫌いなんだな。 じゃあせめて最初に食ってあげようではないか。 「いただきます!」 ぱん!と手を合わせて俺はまず納豆をぐるぐるするところから始めた。いい具合に泡立ってきたあたりで、とろりと白飯にかければ完璧。 と、史遠が言った。 「最初に納豆?」 「え?いや、だって、お前臭いのやだろ?」 「国丸、今日は病人なんだから俺に気をつかわなくていいよ」 「いやでも」 史遠は口ではそういいつつ、あからさまに臭そうな顔をしている。ウケる。 「食べちゃえば臭いも少し消えるだろ?」 「でも最初に食べたら、ほかのものも全部納豆味になるじゃん」 なんじゃそりゃ。その理論で言ったらカレーの後に食べるものも全部カレー味になっちゃうよ。 「史遠、まさか味音痴?」 「違うし!」 史遠の頬がぷうっと膨れた。 「あ、ごめん、冗談、冗談だから怒らないで。ご飯おいしいです、ほんとにおいしい」 「・・・・・・食べ終わったらそこに置いておいて」 史遠はすっと立ち上がり、俺に背を向け部屋を出て行こうとした。 「史遠!」 ぴた、と足を止めた史遠は首だけ振り返った。 「あ、あの・・・マジでありがとう。俺の好物ばっかりで、めちゃ嬉しい」 「今日は特別。・・・国丸」 「うん?」 「鶯屋の仕事って・・・そんな怪我するような危険なものばっかりなの?」 「え、いや、そんなのばっかりでは・・・今回はたまたまなんだよ、本当に」 「ふうん・・・」 「心配してくれてるのか?」 「・・・毎回ご飯つくることになったら困るって思っただけ」 ふい、ともう一度俺から視線をはずし、史遠は部屋を出て行った。 しかし俺は見た、見たぞ。 史遠の耳が赤かった! ・・・いや、それよりもだ。俺はこれで嫌でもはっきりと自覚させられることとなったわけだ。 俺は史遠に本気で惚れている。 そしてできるなら、オウジサマなどではなく「ただ」の同居人で、いつか俺の考えていることを伝えることが出来たらいいのに、と本気で思い始めてもいる。 ということは、酔った勢いで俺がやったことを聞き出して、心の底から謝罪して、その上で告白しなければならない。 俺は今抱えている仕事のことと史遠への気持ちとでぐらぐらと揺れながら、旨い飯をかっこんだ。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!