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辺見の話によると、川崎たちは確かにリンドール政府からの正式な依頼により動いているらしい。依頼主は第二皇子の母。嘘のような本当の話で、実の息子の立場を確立させたいがため、邪魔な三番目の皇子をどうにか排除したいらしいのだ。
「そういうことって本当にあんのな・・・」
「日本は王制ではありませんからね。信じられないと思いますが、本当なのです」
「だけど、オウジサマを連れ帰るんじゃなかったの?」
「もちろんその予定です。ですが、川崎たちの手に落ちた場合、自国に戻った皇子が平穏に暮らせるとは限らないので」
「なにそれ・・・どういう・・・」
「最悪のケースは、お后もろとも幽閉とか・・・」
「ゆ・・・幽閉?!」
「時代錯誤だとお思いでしょうが、それが皇子をとりまく環境なのです。第二妃は自分たちにとって都合のいい相手と皇子を結婚させ、離れを与えてそこに閉じこめる、くらいのことはやってのけます」
なんてこと。確かに時代錯誤も甚だしい。
「その継母に雇われたのがあいつらか。そりゃイケすかないわけだわ」
辺見は急に黙り込んだ。そして難しい顔をして数分、重い口を開いた。
「・・・東雲さま、実は私は、皇子の直々の命により動いているのです」
「えっ」
「皇子が姿をくらましているのは本当ですが、そもそもは皇子のたっての願いで動いているのです」
「・・・えーっと・・・ちょっと意味がわからないんだけど、俺はあんたにオウジサマの捜索と保護を頼まれてるよね?」
「はい」
「それがオウジサマの命令ってこと?」
「・・・はい」
「?????」
「今は全てをお伝えできない事情がございまして・・・騙していたわけではないのですが、申し訳ありません」
オウジサマは自ら隠れておきながら、俺を使って自分を探し出せ、と辺見に命じたってこと?川崎たちから身を守る方法にしちゃふざけてないか?
高貴な人の考えることはさっぱり分からん。
とにかく、何か訳ありで姿をくらましているオウジサマとそれを援護する辺見サイド、対して継母の命令で有無を言わさず連れ帰りたい川崎サイドの攻防というわけだ。
「国に連れて帰る」という答えだけが合っている。
にしてもそれ、最初に言ってくれればねえ。
「最初から言ってくれ、という思いもわかります」
「うん」
「本当に申し訳ありません。ですが、ここまで来て信用に足る、と思ったから打ち明けた次第です。ご理解ください」
「・・・オウジサマのたっての願いというのは、聞かせてもらえるのかな」
「・・・・・・皇子は身分を捨てようとしています」
「身分を・・・捨てる・・・?」
「リンドール皇族を離脱して、日本人として生きていきたいと思っていらっしゃるのです」
帰化。
それも外国の皇族が?俺ぁ法律のことはよく知らないが、それってかなりすごいことなのでは・・・
「簡単なことではありません。皇族離脱の手続きを進めている間、川崎たちに見つかって連れ帰られないよう、姿を隠しているのです。私とも接点を持たず秘密裏に進めていて、ようやく準備が整いつつあるので、晴れて東雲さまに皇子を探し出して欲しいとお願いしたのです」
話がどんどん膨らんでゆく。
手続きが済んだ頃に、オウジサマが辺見に連絡したらいいのではないか、と思うが、言わない方が良さそうなので黙っておく。俺はというと、物事がデカすぎてそろそろアタマが追いつかない。
「なんか・・・とんでもないことに巻き込まれたのね、俺」
「申し訳ございません」
「俺はあんまり法律とかわからないんだけどさ・・・」
「大丈夫です、東雲さまにはご迷惑はおかけしません」
「いや、そうでなくて。なんで俺だったのかなって・・・他にもたくさん、腕利きの探偵とかいたんじゃないの?」
俺に依頼を持ってくるのは沢渡。だいたい公安繋がりでやばいものが多かった。
今回の依頼は今までになくデカいものだったが、ちょっと毛色が違いすぎた。
「・・・そこが最も大事なところなので」
「え?」
「あ、いえ、元公安で信頼のおける一匹狼、という条件が最も大事だったのです」
「あ、そう・・・」
やっぱり何かがひっかかる。まあ、それはおいおい聞くとしてだ。
「ねえ、辺見さん」
「はい」
「俺がもしオウジサマを見つけられなかったら、どうするつもりだった?」
「・・・・・・それは」
ふと辺見は表情を和らげた。そして言った。
「東雲さまは必ず皇子を見つけることができると信じております」
「・・・どして?」
「そんな気がするのです」
「すごい信用されてる?」
「そのためにいろいろ調べましたから」
「が・・・がんばります・・・」
「東雲さまは大丈夫です」
辺見はもう一度、しっかりとした口調で言った。
全幅の信用を寄せられすぎて怖い。
「あ、じゃあ、ここで改めて今現在のオウジサマの写真とかっていうのは・・・」
「・・・・・・それはちょっと」
「なんでよ!意味わかんないんだけど!」
「皇子の身を守るためなのです」
これ以上議論するのが疲れて俺はため息をついた。
「あー、はいはいわかりました!もういいや、ねえ、辺見さんうち泊まっていきなよ」
「え?」
「なんだか知らないけど、このまま外に出したらまずい気がする。また連絡がつかなくなっても嫌だし」
「しかし・・・ご迷惑では」
「ぜーんぜん。今日、同居人外泊でいないから問題ないし。酒でも飲もうよ」
「東雲さま・・・」
「はい決まり決まり。そうと決まれば風呂沸かして、えーと・・・」
どうしたことか、俺は辺見に親愛の情を持ち始めていた。それは多分、辺見がオウジサマの本当の味方だということがはっきりしたからだ。川崎や吉岡のビジネスライクなのとは違う、オウジサマのことを心底大切にしている人間なのだとわかったから。
俺が客用の布団を引っ張り出したり、出前を頼んだりしている後ろで、辺見は何かをつぶやいていた。
「・・・・・・の目に狂いはないようです」
「え?」
「いいえ、なんでもありません」
「あ、そう?えっと、辺見さん、ビールでいいー?」
「はい、いただきます」
俺は冷えたビールを二本、冷蔵庫から出した。
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