164人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
2.依頼人
翌日、時間通りに迎えに来たのは、絵に描いたような黒塗りのリムジン。よくこのホテル街にその長さの車が入ってこれたものだと思う。
「東雲さまでございますね」
車の後部座席から出てきたのは、上質なスーツに身を包んだ執事然とした男。とは言っても、マンガに出てくるような白髪の老人ではなく、せいぜい三十代半ばくらいだ。
オールバックで眼光が鋭く、鼻筋が通った、いかにも仕事の出来そうな男だった。
「・・・あんたが電話くれた人?」
「はい。わたくしは辺見と申します。・・・お話は車の中で」
辺見という男はリムジンの扉を開け、某タクシー会社の運転手がするように乗車を促した。
真っ黒の革張りのシート、運転席との間には壁があり、モニターのようなものも完備されていた。
仕事柄こういう車に乗ったことがないわけではない。俺は平然とリムジンに乗り込んだわけだが。
「東雲国丸様。19○○年、八月十日生まれ、二十八歳、A型。△△県××町生まれ、家族構成はお母様、国丸様、妹様の三人で、お母様と妹様は△△県在住。□□高校卒、◎◎大学を中退ののち、公安警察を経て、鶯屋を開業。何でも屋をやりつつ、その裏で密かにプライベートボディガードを請け負う・・・」
「おい、ちょっと・・・」
「間違いはございませんか」
「ねえけど・・・よく調べたもんだね」
「ひとつだけ調べ切れないことがございまして」
「へえ?何?」
「女性関係です」
「ああ・・・」
「特定のお相手をお作りにならないのはなぜですか」
「面倒臭いのよ」
「処理のためではなく?」
「・・・調べきれてんじゃん」
「仕事をお願いするにあたり、女性が側に居られると、なにかと問題が起きやすいので・・・」
「・・・辺見さんさ」
「何でございましょう」
「あんた、何者?」
「・・・依頼人代理、とでも申しましょうか」
「代理ね・・・なんか俺、とんでもない人の依頼を受けたっぽいな」
「ご明察」
辺見はにっこり笑い、どこからともなく取り出したリモコンで、モニターのスイッチを入れた。
そこに映し出されたのは、あるニュースの映像だった。
それは、ある小さな国の皇子が来日した、という話題だった。
その「リンドール」という国の名前はほとんど聞いたことがなかった。その皇子は、金髪碧眼ですらりと背の高い、いかにも「王子様」という、まばゆいほどの美青年だった。
「この皇子はダミーです」
「・・・・・・へ?」
「本当の皇子は、数年前から日本に留学中です。・・・結婚のため、帰国の時期が迫っているのですが、実は行方がわからないのです」
「え・・・それって・・・」
「・・・・・・」
「かなりやばくね?」
「・・・非常にやばいです」
辺見は真剣な表情で見た目に合わない言葉を吐いた。
それまで面を被ったようにクールな表情を崩さなかった辺見だが、ごくごく小さなため息をついた。
「これは極秘情報ですし、マスコミはもちろん、日本政府にも知られてはまずいのです。ですから東雲様の素性を詳しく調べさせていただきました。信用できる方だと判断し、お願いに上がった次第です」
「・・・つまり、そのオウジサマを探し出せと?」
「はい、保護していただきたいのです」
「・・・・・・」
「お察しのとおり、これは大変危険なお仕事です。当然他言無用でお願いしたいですし、謝礼に関しましてはお望みの額をご用意いたします」
「・・・謝礼はともかくとして、これってさ・・・万が一見つけられなかったりしたら、どうなんの」
「・・・それは」
「それは?」
「・・・行間で読みとっていただけますでしょうか?」
「ああ、はいはい、なるほど・・・に、しても」
「に、しても?」
「外国のオウジサマってことは、髪やら目やら、めちゃめちゃ目立つじゃん。何であんたたちで見つけられないの?」
「さすが東雲さま。そのとおりです」
「んなのちょっと考えたらわかるでしょ」
「そうなんです」
「・・・馬鹿にしてる?」
「してませんよ。想定の範囲内です。実は・・・皇子は、日本の血が混じっているんです。なので容姿だけでは見つからないのです」
「へ?」
「皇子と言いましても、第三皇子になります。
リンドール皇家は一夫多妻制でして、皇子の母君は第三夫人です。旅先で国王に見初められた日本人なのです」
「第三・・・」
「それゆえ、時期国王になる権利は皇子にはありません」
「・・・は?」
なぜだかやたらと苛ついた。
国の法律だか知らんが、日本人とのハーフだから、という理由がようわからん。そんなの、日本人を妻にしたおとっつぁんが悪かろうに。
「世継ぎはリンドール以外の血が混じってはいけない、という決まりがございまして。・・・とはいっても、皇子には許嫁がいらっしゃいます。結婚前に母君の故郷に行ってみたいという、たっての望みで、お忍びで留学されていた、ということなのです」
「世継ぎになれないなら、このまま日本で母ちゃんも呼んで暮らさせてやったらいいのに」
「・・・皇子の母君は、他界されております」
「え・・・」
絵に描いたような第三皇子の幸薄い生い立ちに、俺はさらに苛ついた。
日本に生まれて普通に育った俺には理解が追いつかないが、なにやら不憫だ。
「肩身の狭い国に帰って結婚か・・・そりゃあ逃げ出したくなるよなあ・・・」
「・・・私もそう思います」
「辺見さん、どっちの味方なの」
「私は皇子の側近です。皇子を連れ帰ることが私の役目ですので」
そういやこの人も日本人。ハーフの皇子の為に用意しましたってか。
「・・・よくわかんねえな」
「どうでしょうか、引き受けていただけますか」
「返事の猶予は?」
「明日までに」
「断るとどうなるのかな」
「・・・・・・」
「いや、聞くまでもねえか。・・・引き受けますよ」
「そう言って頂けると思っておりました」
辺見は再びにっこり笑った。ここまでの話でも初耳案件ばかりだったのだが、驚くのはここからだった。
「んで、オウジサマの写真は?」
「それなのですが・・・事情がございまして、これしかないんです」
スーツの内ポケットから抜き出した写真を裏返して、辺見は俺の前に差し出した。
そこにはきらびやかな民族衣装を着た、どうみても十五、六歳の少年が映っていた。髪は黒く、顔立ちは整っているが、ダミーの皇子とは似ても似つかない。
「これが、アルフォンス・ジェレマイア・リンドール皇子です」
「・・・子供?」
「それは七年前の写真です」
「は?」
「七年って・・・顔全然違うだろーよ」
「そうなんです」
「どやって探せっての?」
「皇子の胸には、白鳥のタトゥーが入っております。それを目印に」
「胸のタトゥーって!脱がなきゃわからんだろが!」
「それをどうにかしていただきたいのです」
「うそぉ・・・」
かくして俺は、行方不明のオウジサマ保護という、失敗したら確実に消されるハイレベルの依頼を受けることとなったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!