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16 衝動
オウジサマの失踪について。
辺見は、オウジサマの皇族離脱の手続きが終わるまで、自分とも連絡を取らないようにしていると言っていた。
しかし。
そんなことってあるだろうか?
連絡を取らないでいる間にオウジサマに何かあったら、責任問題なんかですまないはずだ。
どう考えても無理がある。おそらく辺見はオウジサマの居場所を知っていて、どうしてもそれを俺には伝えられない理由があるんだろう。
俺に伝えられない理由ってなに?
どこにいるかは言えないけど、きっと君なら探し出せるからがんばって探してね♪って、宝探しじゃあるまいし。
「宝探しか・・・」
俺は最初に辺見から預かった、まだ少年時代のオウジサマの写真を改めて見返した。
史遠。
もしこれが史遠の子供時代だったら。彼の胸には白鳥のタトゥーはなかった。オウジサマではない、と確約があるのに、俺はまだこんな思いが時折過ぎってしまうのだ。
第三候補には結局、何の接触も出来ていない。史遠とうり二つ、違うのはその髪の色だけ。そんなものは染めればどうにでもなる。第三候補は史遠に似すぎている。
だけど俺の本心は、史遠は別人であってほしい、ということ。そうでなきゃ、俺はきっとあいつに自分の気持ちを打ち明けられず一生を終わる。
だって、オウジサマにそんなこと告白出来る?国に帰って結婚が決まっているってのに、うだつのあがらないゲイのおっさんに告られたって困るだけだろし・・・
「ん?」
俺は少年時代のオウジサマの写真を見ていて、あることに気がついた。
「これって・・・」
まじまじと写真に目を近づけ、よく確認する。間違いない、これは・・・
「近眼?」
「をわっ」
急に後ろから話しかけられて、俺は素っ頓狂な声をあげた。振り返ると、ボストンバッグを肩にかけた史遠が立っている。そういえば今日帰ってくるんだったっけ。
「お、おお、史遠、お帰りっ」
とっさに写真をファイルの中に挟み込んで隠す。
「・・・?ただいま。誰か来てたの?」
「え?」
「あれ」
史遠が指さした先は、俺の寝室。うっかり襖を開けっ放しにして、夕べ辺見に貸した来客用の布団がそこからのぞいている。
「あ、あれ・・・友達が来てさ」
「・・・友達、いたんだ」
「友達ぐらい俺にもいるわ」
友達ではない。これから友達になれそうな予感はあるけど。
「・・・ふーん・・・あのさ」
「何?」
「気を遣わなくていいのに・・・俺は気にしないから」
「・・・えっと、何が?」
「彼女」
「・・・へ?」
「彼女、泊まりにきたんじゃないの」
なんですと。
俺はもう一度開け放した寝室の扉の方を見た。
寝る場所がそこしかないので、辺見には俺のベッドの横に布団を敷き寝てもらった。風呂に入った後、ふたりしてかなり飲んだので、正直いつ寝たかよく覚えていない。目が覚めると、客用布団はきっちりふたつに折り畳まれ、その上に新しい電話番号と「ありがとうございました」と書かれたメモが置いてあった。で、俺のベッドは起きた時のまま、布団が雑にめくれ上がっている。
泊まりに来たのが女性だと思いこんでいるらしい。むしろそれなら一つのベッドで事足りるでしょうに。
「か、彼女じゃねえよ?」
「・・・・・・どっちでもいいけど、別に」
史遠は二階に上がろうと踵を返した。
「史遠!」
「なに?」
「本当に違うから!その、誤解しないでほしいって言うか・・・」
「・・・何でそんなに焦ってんの」
「それは・・・その・・・」
「・・・おやすみ」
「史遠!」
あとさき考えず、俺は史遠に駆け寄り、その手首を掴んだ。
「痛たっ・・・」
史遠が顔を歪める。長い髪が揺れて、ふわりとシャンプーの香りがした。稽古の後はいつも備え付けのシャワー室を使うとかで、いい香りがする。出張先でも同じようにシャワーを使ったのか、史遠の全身から清潔な香りが漂ってくる。
「・・・痛いんだけど」
「史遠・・・聞きたいことがある・・・んだけど」
「聞きたいこと?」
「お前の親父さんって・・・元気か?」
「・・・父親?」
「新潟にいるんだよな」
「俺の父親がどうかした?」
「・・・・・・」
「国丸、最近変だよ。この間も寝呆けてたし」
「お袋さんは?健在か?」
「なんなの、一体・・・」
「お願いだ、聞かせてくれ」
「・・・母親は、数年前に亡くなったよ。身体が弱くて」
「本当かっ」
「嘘なんかついてどうするんだよ。っていうか、他人の家族構成なんか聞いて楽しい?」
「あ、ご・・・ごめん」
「国丸は外見とか、素性とか、気にしないでつき合ってくれる人だと思ってた」
「ち、違うんだ、史遠」
「何が気になるのか知らないけど、俺の何が知りたいの?はっきり聞けばいいのに」
それが出来るなら、いや、出来ないわけじゃないのに、俺はどうして二の足を踏んでいるんだろう?
理由は分かり切っている。史遠がオウジサマであってほしくない、ただそれだけだ。オウジサマだったら、この大変な仕事は一瞬で完了する。
そして失恋する。告白もしないまま。
「答えられることなら、答えるけど」
「史遠・・・」
俺はどうやっても声が出せなかった。
不思議な縁で同居して、いつも口喧嘩ばかりで、手を握ったことすらない相手に、俺はとんでもなく惚れている。
ここで取るべき正しい「大人の決断」は、あなたはリンドールの第三皇子ですか、とはっきり聞くことだ。
だけど俺にはたったそれだけのことが出来ないのだ。ああもう、俺の臆病者!
「・・・ないなら、いい」
「ま・・・待ってくれ!」
史遠は立ち止まって、じっと俺を見つめた。
こんなにまっすぐ視線を合わせたことはない。整った顔立ちは中性的かと思いきや、ちゃんと男だ。しゅっとした鼻筋と、長い睫に縁取られた瞳。少し薄めの唇はきりりと結ばれている。
「きれいだ・・・」
「・・・はあ?!」
史遠の顔に怒りマークがくっきり浮かび上がった。俺ってば、思ったこと直接口に出しちゃった・・・
「もういい!馬鹿にして!」
「ち、違うんだ、ごめん、ついっ」
「うるさい!」
「ごめん、史遠、待っ・・・」
俺は振り解かれた手首をもう一度掴んだ。そしてうっかり元公安の馬鹿力でそれを引き寄せてしまった。
「わっ・・・」
史遠は振り向きざまにバランスを崩した。それを受け止めたら、俺と史遠は抱き合うかたちになった。
一瞬何が起こったのかわからず、俺たちは固まった。そしてお互い至近距離に相手がいることに気づいて、さらに身体が固まる。
心音がやたらと響く。俺はてっきりどつかれると思ったのだが、しっかり抱きしめてしまったからか、史遠は動かない。
史遠の髪の香りに、俺は判断能力を失った。
顎を上向かせ、俺は驚いた表情の史遠にキスをした。
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