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21 屋上の戦い
「通訳?」
「そう!それもトリリンガルで、フリーでやってる通訳!そんな奴多くないはずだ!」
俺は早口でまくしたてた。電話の向こうの沢渡がキーボードを素早く叩く音がする。
史遠はあの日、英語とフランス語、日本語を話せると言ったのだ。会社などには属さず、携帯だけで依頼を受けてやっていると説明していた。
リンドールの公用語がなんなのかは知らんが、ハーフのオウジサマなら二か国語くらい話せて当然だ。
「ああ、これだな。ヴォヤージュ・ドゥ・・・ロシニョル・・・?」
「ぼ・・・ぼんやりロシナンテ??」
「お前のリスニング能力は相変わらずカスだな」
「いいから、そのロシナンテ、なんか手がかりないか?」
「う~ん・・・そもそも携帯だけでやってるんだろ?住所もないし・・・おっ?」
「お?」
「これ、今日じゃないか?」
「なになに?」
「海外デザイナーの来日パーティー・・・会場は、新宿○○ビル、午後一時からだ」
「わかった!」
時刻は正午を少し過ぎた頃だった。電話を切ろうとしたところ、沢渡が、おい、と言った。
「なに?」
「この社名だけど」
「ロシナンテがどした?」
「それはドン・キホーテに出てくるロバの名前。俺が言ってるのは、ロシニョル」
「・・・?」
ドンペンくんなら知っている。あれってペンギンだよな。ロバのキャラクターなんかいたかしら。
「ロシニョルって・・・なんのことか、知ってるか?」
「・・・さあ?」
「だろうな。まあ、いい」
沢渡は一方的に電話を切った。辺見といい、沢渡といい、いちいち失礼。
そんなことはともかく、俺は史遠を保護するため新宿に向かった。
沢渡に聞いた場所は新宿でも指折りの高層ビル。あわててジャケットを羽織り、俺は駐車場から直通エレベーターに乗り込んだ。途中の階で乗ってくるのはビシィィっとスーツを着込んだビジネスマンばかり。長め茶髪と左耳のピアス、膝の出たデニムに麻のジャケットの俺は、見るからに浮いているが、そんなことを気にしている場合ではない。俺は仕事でここに来ているが、いつのまにか史遠の気持ちを確かめることに集中していた。
もしも俺への想いが、史遠が帰化したい理由だというなら、俺は改めてあいつに告白したい。
勢いでヤってしまったが、ちゃんと顔を見て心を込めて好きだと言い直したい。
そして叶うなら、これからも一緒にーーーーー
「わっ」
エレベーターの扉が開いて、一歩踏みだした俺はどっと箱の中に入ってきた集団にむぎゅっと押し返された。
「ちょ、ちょっと、すんません、降りますっ」
「降ろしませんよ」
「・・・え?」
もみくちゃにされながら、聞き覚えのある声にはっとする。
「川崎!」
「どうもご無沙汰です」
「おい、降ろせっ」
「だから降ろしませんよって」
川崎は顔に似合わず、強い力で俺の腕をぎりりと締め上げた。どうやらこいつも史遠の居所をつきとめたらしい。気づけば川崎の反対側にあの吉岡もいる。よくもあの時はやってくれたな。
「あなたも懲りない人だな」
「うるせえっ、てめえらこそとっとと手を引きやがれっ」
「本当に邪魔なんですよ。そろそろ実力行使させてもらってもいいんですがね」
「やれるもんならやってみろ!」
小学生の喧嘩みたいになってきた。エレベーターは最上階に到着し、ピロン、と鳴った。扉が開くと両脇を抱えられ、俺は屋上に引きずり出された。
まるでドラマのような展開。これでロープで縛られて吊されたら完璧だが、さすがにそうはならなかった。屈強な男たちに取り押さえられた俺に、川崎は満面の笑みで言い放った。
「とりあえずしばらくここでおとなしくしていてください」
「はあ?!ふざけんなっ」
「イベントが終わったら解放してあげますから」
「それじゃ遅いんだって!」
「本当にうるさい人ですね。また吉岡と一戦やりますか?」
川崎の隣で吉岡がじろりと俺を睨んだ。望むところなんだが、今はそれどころではない。
「お前ら、しお・・・オウジサマを連れて帰ってどうするつもりだよっ!!」
「は?」
「イジワルな継母の言いなりになってんじゃねえよ!」
「・・・なにをぎゃんぎゃん言ってるんですか」
「俺は全部知ってるんだぞおおっ」
こうやって大騒ぎしてれば誰かが来て早めに解放されると思ったのだが・・・見事に誰も来ない。新宿一等地の高層ビルの屋上にふらりと来る奴なんかいないか・・・
と。
「東雲さまを離しなさい!」
キターーーーーーーーーーーーーーーーー!!
屋上の入口に、これまた屈強な外国人の男たちが五、六人と、その真ん中に辺見が立っている。刑事ドラマみたい。
すぐ側で、チッ、と川崎の舌打ちが聞こえた。
「川崎くん、いい加減にしないか。君のやり方は常軌を逸している」
「あなたが不甲斐ないからですよ、辺見さん」
凍り付く現場。それより俺を助けんかい。心の声が聞こえたのか、辺見を囲むゴツい外国人集団がスッとおのおののスーツの中から銃を取り出して、川崎たちに向けて銃口を構えた。
もしもーし、ここ日本国東京都新宿区!!
「辺見さん、ここは日本ですよ」
「わかっている。東雲さんを解放すれば撃ちはしない」
しばらく睨み合って数秒。川崎が右手を挙げると俺を羽交い締めにしていた男たちが、急に手を離した。いきなり自由になって俺は前につんのめり、膝をアスファルトに打ちつけた。四つん這いになった俺を見下ろした川崎は、冷たい視線を寄越して、ぼそりとつぶやいた。
「・・・・・・・・・」
その侮蔑の言葉が聞き取れた瞬間、俺は急激に立ち上がり川崎に飛びついた。
「てめえ・・・もう一度言ってみろ」
首根っこを掴んで渾身の力で締め上げる。川崎は表情を変えず、俺をねめつけている。
「何度でも言いますよ。皇子は半端な血だから排除されるんだ。それも・・・」
川崎がそこまで言い掛けた時、パアン、と銃声がした。俺たちはその音に固まった。おそるおそる後ろを振り返ると、辺見が煙を吐き出す銃口を空に向けていた。
「それ以上侮辱すると、次は貴様の脳天を打ち抜く」
その時の辺見の顔は、まさに鬼の形相。味方のはずの俺まで凍りついた。再びチッと舌打ちをして、川崎は俺の手を振り払って、吉岡やごつい男たちを引き連れ屋上を出て行った。
「東雲さま、大丈夫ですか」
「あいつ・・・許せねえ、次に会ったらぶっ飛ばしてやる」
「その時は私もご一緒に」
「あっ、それで皇子は?!そろそろイベント終わる時間じゃ・・・」
辺見は急に困った顔をして言った。
「それが東雲さま、皇子は・・・国に帰ると言っています」
「・・・え?」
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