22 アルフォンス・ジェレマイア・リンドール

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本人の口から決定的な言葉を聞いているのに、俺の心は穏やかだった。きっとこいつに対して覚悟が決まっているからだと思う。 「国丸はどこまで知ってるの」 「・・・まず辺見さんから依頼を受けた。来日している皇子が行方不明になった、探し出して保護してほしいと」 俺はゆっくり歩いて史遠に近づいた。少し間を空けて、横に並んだ。 「それから、お前を連れ戻そうとしているのが辺見さんだけじゃないことを知った。・・・複雑な家庭環境も」 「・・・そう」 「途中から、皇子にはどうしても帰りたくない理由があることにも・・・気づいた」 「・・・国丸」 史遠の声は落ち着いていた。普段軽口を叩く口調とは違う。幼い頃から厳格に育てられたことによる品格のようなものを感じとることが出来た。 史遠は言った。 「最初は旅行だった」 涼しげな目元と通った鼻筋。美しい姿勢と強い視線。冷静に見て、こいつがそこらの普通の(あん)ちゃんとは違うことが、今ならわかる。なんでもっと早く気づかなかったんだろう。 「母の育った国を見てみたかった。リンドールでも弓はやっていたけれど、日本の弓道をやってみたくて。それで弓道場をやっている叔父のところで世話になることになったんだ」 やっぱりあのおっさん、すごい人だったんだ。白髪混じりのごついおっさんだけど、すげえ上流階級だったんだな。 「叔父は変わり者で・・・本家から追い出されたりしてるけど、弓道だけは絶対に裏切らないって言う人で。その考え方が好きで、住む場所も手配して貰った・・・そこに、国丸がいた」 史遠が顔を上げ、俺を見た。肌を合わせた夜のことが急激に思い出される。俺の喉仏が勝手に上下した。 「叔父が最初に言った。先に住んでいる人間がいるけど、そいつは信用のおける男だと」 「おっさんが・・・?」 「だから安心していいと・・・お前の見た目も気にしないだろうから、気兼ねなく住めると思うぞ、と言ってくれた。実際、国丸は叔父の言うとおりの男だった」 なんだかむず痒い。あんなに口喧嘩ばっかりの間柄だったのに、史遠はそんな風に俺を思っていてくれたのか。 「来日したばかりの頃は、少しの間日本で自由を楽しんだら、国に帰って責務を果たさなきゃいけないって思ってた。どう抗おうと、俺の人生は決まってるって思ってた」 責務、という言葉が、一般人のそれよりもずっとずっと重みのあることだと、ひしひしと伝わってくる。 「でも、国丸の仕事ぶりを見ていて考えが変わった」 「俺の仕事・・・?」 「どんな依頼にも全力で応えるし、毎回ぼろぼろになって帰ってくるだろ?」 「・・・・・・」 それはきっと、プライベートボディガードの依頼の時だ。あれを見ていたのか。 「国丸、一回聞いたの、覚えてる?」 「え?」 「そんなに大変な仕事なら、断るか、選べばいいのにって」 「ああ・・・そんなこともあったな」 「国丸あの時・・・俺なんかに仕事依頼するってことは、相当困ってるか、他で断られたからだと思うって。だからどんなに大変な依頼でも絶対俺は断らないことにしてるんだ、って言ったんだ」 「俺・・・そんなカッコいいこと言った?」 「うん。それを聞いて、国丸のこと尊敬してた・・・けど」 「・・・・・・けど?」 あら?何か雲行きがおかしいぞ。 急に史遠はいつもの軽口モードに切り替わった。 「ちょっと思ってたのと違った」 「えっ、えっ、なに、なにがっ?」 「忘れてんだろ」 「・・・うぅ・・・は、はい・・・」 「・・・・・・もういいよ」 「良くない!教えて!」 「・・・・・・」 「史遠ちゃ~んっ」 「・・・・・・去年の暮れだよ」 「暮れ・・・?・・・・・・・・・あっ!!」 やばい記憶がじんわりと蘇ってきた。それは、昨年末、十二月三十一日のことだ。
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