11.青い瞳の姫君

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11.青い瞳の姫君

「踊っていただけますか」 手を差し出したジークフリートを、姫はじっと見つめ返した。 あの湖と同じ色。あの夜の口づけ。多くを語らずともお互いの想いを重ね合わせた夜。この姫がマクシミリアンの仮の姿であると、ジークフリートは信じていた。姫は再び妖艶に微笑むと、ジークフリートの手を取った。 その微笑みに一瞬違和感を感じたが、ジークフリートははやる心を抑えられず、姫をエスコートして広間の中心に向かった。 花嫁候補の姫君たちの鋭い視線をものともせず、姫はジークフリートの腕の中でワルツを踊り始めた。軽やかな足取り、しなやかな身のこなしは、今宵招かれた姫君たちの中で間違いなく、最も優雅であった。 「姫・・・あなたはもしや・・・」 踊りながら、ジークフリートはつぶやいた。たとえ話すことが出来なくても、目を見ればわかる、そう思っていた。だが、女性に男性の名で尋ねることはあまりに無礼。マクシミリアンであることを確信したいが、姫は微笑み返すのみだった。 ジークフリートの為に、女性の姿でやってきてくれたのだと思う反面、そんなことを「オディリア」は許すのか。今も、こうしていることをどこかで見ているのではないのか、と不安が過ぎる。 しかし透き通るサファイアに見つめられると、ぼんやりして何も考えられなくなってしまう。 ヴォルフガングは女王に耳打ちし、青い瞳の姫を花嫁候補のひとりに、と進言した。女王は予定になかった飛び入りの姫が口を利けないことに難色を示したが、ヴォルフガングの取りなしでしぶしぶ了承した。 ジークフリートはワルツを踊り終わると、姫を庭園に誘った。白い月の光に照らされながら、ジークフリートは姫の前にひざまづいた。 「ただ、うなづいてくださるだけでかまいません。私の願いを叶えてくださるために、ここに・・・・・・?」 姫から笑顔が消えた。 真剣な表情をすると、その美しさは際立ち、さらに冷たくさえ感じ、ジークフリートは身構えた。 姫はジークフリートの頬にゆっくりと手を伸ばした。指先が冷たい。ジークフリートはその指を捕らえ、姫の瞳を見つめた。 姫は静かに瞼を閉じた。 (そうだ・・・あの夜、口づけを許してくれた) ジークフリートはあの夜を思い出しながら、姫の唇に自らの唇を合わせた。 生身の人間とは思えない冷たい唇。うっすらと瞼を開け姫の姿を盗み見ると、長い睫に縁取られたサファイアブルーがしっかりとジークフリートを見上げている。 ぎょっとしてジークフリートは唇を離した。 「姫・・・・・・?」 姫は口だけを動かした。声にはならないが、その動きでジークフリートは彼女が何を言いたいのかを察した。 (誓って) それは、花嫁候補たち、そして女王の前で結婚を誓ってくれ、という意味だと、ジークフリートは確信した。「真実の愛」それが、彼を救う手立てだと昨晩マクシミリアンは確かに言った。 姿を変えてジークフリートの為だけにやってきてくれたマクシミリアン。心のどこかで警鐘がなっているのを感じつつも、ジークフリートは冷静さを失っていた。 「もちろんです。あなたがここまでやってきてくれたお心に誠心誠意応えたい」 その言葉に姫は再び、妖艶に微笑んだ。 マクシミリアンはあの湖のほとりで自分の身の上に降りかかった悲劇を淡々とジークフリートに話した。どこか達観した様子で、悲しみを押し隠しているように感じた。 彼の微笑みは、どこか悲しげだったのだ。 姫の微笑みは美しいが、どうしてもあのマクシミリアンの悲しげな微笑に繋がらない。 なのにジークフリートは姫の手を離すことが出来なかった。 ジークフリートは姫と共に広間へと戻った。 皇子が飛び入りの姫君を連れて姿をくらましたのは、彼女が后に決定したのだろうと、貴族たちは噂していた。そわそわしていた花嫁候補の姫たちは、ジークフリートにエスコートされる青い瞳の姫を見ると、あからさまに不機嫌に顔を背けた。 「ヴォルフガング、ウルリック、聞いてくれ」 待ちかまえていた二人にジークフリートは早足で駆け寄った。 「ジークフリート様!お待ちしておりました」 「すまない・・・だが、これで母上にも喜んでいただけるだろう」 「では・・・」 「心は決まった」 ヴォルフガングとウルリックは顔を合わせて安心したようにうなづき合った。 ジークフリートは隣で微笑む姫と視線を交わすと、女王の玉座に向かって歩き出した。 ざわめく広間の真ん中を、長いドレーンを引いてゆっくりと足を進める姫は、すでに王妃の貫禄を備えていた。姫の素性を詳しく知らぬ者達すら、いつしかその堂々たる様子に見惚れていた。 世継ぎの皇子の待ちに待った結婚。 ジークフリートは母の前に立ち、姫と共にひざまづいた。 「母上。私とこの姫の結婚をお許しいただきたく、参上いたしました」 「ジークフリート・・・」 「私が姫の全てを守り、声となり、一生を共にするとここに誓いたいのです」 女王は姫を一瞥した。 彼女が口を利けないことが、まだ心の奥深くで引っかかっているようだった。姫は膝をついたまま、顔を上げようとはしなかった。 しかし、最愛の一人息子の望みに、女王は母の顔となり、こう言った。 「・・・わかりました。あなたがそこまで言うのなら、この母は喜んで受け入れましょう」 女王の言葉に、広間が大きな拍手と歓声に包まれた。花嫁候補の姫君たちだけが暗い顔をしていた。 嬉しそうにジークフリートを見上げる姫にひとつうなづいてみせると、ジークフリートは高く右手を掲げ、こう宣言した。 「私は、この女性を生涯の伴侶とすることを、ここに誓います」 ふたたび歓声に包まれる城内。盛大な拍手と、人々の祝いの言葉を全身に浴びながら、ジークフリートは姫と再び視線を交わした。 そして、とうとう誓いの口づけを交わしたその瞬間。 ふっと広間の灯りが消えた。 それまで静かだった夜空に雷鳴がとどろき、城の窓という窓がびりびりと震え始めた。姫君たちの悲鳴と慌てふためく貴族たち。 ジークフリートはあわてて傍らの姫を守ろうと手を伸ばした。 しかしーーーーーーーーーー
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