序章

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序章

今は昔。 とある国の外れ、それは美しい、深い深いサファイアブルーの湖があった。季節によっては白鳥の群れが降りたち、それを目当てに狩りに出かける貴族が多くいたという。 湖のほとりには蔦が絡んだ古い城が建っている。かつてはかなり栄えたであろうことがわかるほどの大きさであったが、今は朽ちて城壁も崩れかけていた。 城に繋がるただ一本の道には樹木や草が生い茂り、簡単には辿りつくことが出来ない。 いつその城が建てられたのか、誰が建てたのかもわからない。 なぜなら、その城はある日突然現れ、ある日忽然と消えたのだ。 これは、その城がまだ「見えて」いたころの話。 城下の村の住人たちに「黒鳥の城」と呼ばれ、恐れられていたころの話である。 「本当なのか、それは・・・狙われるのは貴族の子息だけという話ではなかったのか」 「それが、最近は村の若者たちも連れさらわれているそうでございます」 貴族であり、この国の皇子の教育係でもあるヴォルフガングは、報告を受け、眉をひそめた。最近は白髪も増え、腰も曲がって来たが、その眼光の鋭さは健在だった。 領地のはずれの湖の側に建つ、古城には良からぬ噂がある。落ちぶれた貴族がたったひとりで住んでいるだとか、盗賊の首領が住み着いているだとか、狼のねぐらになっているだとか、様々に言われていたが、最近になって全く違う情報がもたらされた。 古城には、遠く北の国の皇族の末裔に当たる貴族が住んでいる、というのだ。城から命からがら逃げ出してきた使用人の年老いた女は、こう話した。 (あの城には、とてつもなく身分の高い男性が住んでいる) なぜ逃げてきたのかは、女はなかなか話そうとしなかった。しかし、彼女は城主についてだけは、いささか興奮気味に説明した。 (それはそれは綺麗な人で、同じ人間とは思えないほどでしたよ・・・元皇族というのだから、皇子さまだったんでしょうかねえ) それはいつの話だ、聞いたところ、三十年前のことだという。 「そんな前のことなら、その元皇子とやらも年老いているはずだろう。その皇子の仕業だとしても、まさか一人ではあるまい。城に仕えるものたちの仕業か・・・」 「はい、おそらく。貴族の子息たちは留学などで身を隠すことが出来ますが、村の若者たちはそうはいきませんので・・・ある日突然姿を消してしまったという話がぞくぞく届いております」 「なんと・・・」 「逃げ出してきた使用人だったという老婆も、昨晩亡くなり、他には詳しいことがわかる者がおりませんで・・・」 「死んだのか?」 「はい、城主のことを告白した途端に、容態が悪化したそうでございます」 「・・・面妖な・・・」 「やはり女王様にお知らせして、ジークフリード皇子の婚礼を先延ばしにした方が・・・」 「それはならん。女王陛下は一刻も早くジークフリートさまに后を娶らせたいのだ」 「しかし皇子に万が一のことがあったら・・・」 兵士の情けない声に反応して、ヴォルフガングは表情を一変させた。手にした杖で力強く地面を打つ。 「そうならないための近衛隊であろうが!すぐに兵を配置し、城の守りを固めよ!ジークフリートさまに何かあったら、命はないと思え!」 「ぎょ、御意に!」 近衛隊長は踵を慣らし敬礼すると、そそくさと走り去っていった。 数日後、この国の唯一の王位継承者、皇子ジークフリートの婚礼が執り行われる。 近隣の国だけではなく、遠く西や南の国から皇族や貴族たちが招かれている。それはジークフリート皇子の后を、招いた姫君たちの中から選びたい、という女王の考えがあったからであった。
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