絢爛たる嘘は月影にも似て

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絢爛たる嘘は月影にも似て

 マルチェロと僕は、授業が終わるといつも一緒に下校した。まっすぐ家に帰る日はほとんどなかった。僕たちは二人揃って、僕の父が営んでいた劇場に向かうのだった。  毎夜、開演は午後六時。僕らが劇場に着く頃合いには、舞台上でセットや照明の調整が進められていた。舞台監督を勤めていたマルチェロの父の指揮する声が、ホール内によく響いていたのを覚えている。  この劇場は客席がすべて埋まれば八百人ほどは収容できたが、そのような盛況となると、酔客同士が上演中に喧嘩を始めることもあった。そういう客が出ると、腕っぷしの強いサンドロという男が劇場の外に放り出す。僕とマルチェロはそのさまを、劇場の裏口扉から頭だけ出して覗き見した。僕の父や、マルチェロの父の前ではおとなしく頭を垂れているサンドロが、この時ばかりはほかの誰よりも強くたくましく見えたものだ。  僕たちはよく、舞台に出る支度をしている女優たちの楽屋も無遠慮に覗き込んだ。彼女たちの化粧台にはいくつもの電球が取り付けられていた。鏡にその光が反射して眩しくてたまらなかったが、化粧をしている本人はほとんど瞬きもせずに目を見開き、鏡の中の自分に見入っていた。鏡越しに僕らの姿を見つけると、たいていの女優は微笑んで手招きしてくれた。招じ入れられた僕らは、おしろいの匂いのする手からお菓子をもらったり、その日の演目について教えてもらったりした。ときおり、自分の新しい恋人のことを話し出す者もあったし、煙草をくゆらせながら給金の少ないことを愚痴る者もあった。 「あなたのパパに、もっとおねだりしようかしら」  そう言って、紅をさした唇で意味ありげに微笑んだ女優はその晩、舞台上で一際美しく輝いていた。彼女はベルという芸名を使っていた。ベル・エポックという語が気に入って自分でつけた名前だと本人は言っていたが、僕の父がベッドの中で、彼女にベルという名前を与えたのだという噂もあった。  ベルは、マルチェロを見る度に、かわいい顔だと褒めそやした。マルチェロはそう言われるたび、満更でもないような表情を浮かべる。僕にはそれが気に入らなかった。だが、僕が少しでも拗ねたような態度を取ると、ベルがほんのりと嬉しそうな顔をするから、僕はいつもなんとも思っていないふりをした。
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