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「あ、馨、いたいた、探したよ」
講堂を出て廊下に出てすぐに灯馬に声をかけられた。今日は灯馬はひとりではなく、後ろにまだ十代らしき少年が立っていた。身体が細く、少し猫背の頼りなげな様子だが、女性と見紛う可愛らしい顔をしている。
「灯馬」
「仕事だった?」
「ああ、うん」
他言無用。馨は意識して冷静な声を出した。後ろで半身を覗かせている少年は上目遣いに馨を見上げている。
「あ、そうだ、紹介するね。こちら、久坂千尋君。今日から俺が指導することになったんだ」
この施設では、新しく入った者に、半年以上先輩の人間が指導する、というシステムがあった。馨はそのグレアの強さから、直接真北の指導を受けている。
「彼は高月馨くん。新人なのにエリートなんだよ」
灯馬の紹介に馨は苦笑するしかなかった。紹介された久坂はおずおずと灯馬の背中から顔を出した。
彼もDomなのだろうか。まるでこの施設に充満したグレアにおびえているようだ。
「高月です。よろしく」
「久坂です・・・よろしくお願いします」
二人の様子を満足気に見ていた灯馬は、じゃあ次、行こうかと久坂の肩を叩いた。
「これから講堂で研修があるんだって。だから案内してたところなんだ。あとで昼、三人で一緒にどう?」
「わかった。またあとで」
「うん、じゃあね」
灯馬は人当たりのいい笑顔を久坂に向けた。馨に対しておびえるような瞳を向けていた久坂は、小さくうなづいて灯馬の後をついて歩いて行った。
自分の部屋に向かう途中、何人かとすれ違った。が、誰も彼もいたって普通でにこやか、危ないことをしている教団の信者とは思えない。
自分はこのなかで、本当に違法の尻尾を掴むことが出来るのか、そう自問自答した時。
(高坏).
蓮見の声が聞こえた。うっかり立ち止まりそうになるのをぎりぎりのところで堪えて、そのままゆっくり進む。
(話がある。講堂の裏に扉がある。そこまで来てくれ)
まだどうやって返事をすればいいのか不安だが、わかりました、と心の中で応えると、ぷつりと蓮見の声は聞こえなくなった。
周囲に怪しまれないよう、馨は予定通り一度部屋に戻り、グレア放出で汗をかいたTシャツを着替え、もう一度講堂のある特別棟に向かった。
真北の仕事部屋のさらに奥に、蓮見の言うとおり扉があった。それは随分と質素な扉で、とても盟主の部屋に繋がっているとは思えない。掃除用具入れだと言われても納得する、グレーの薄汚れたドア。見事なカモフラージュだ。
あたりを見回して誰もいないことを確認し、ノックしようと右手を持ち上げた瞬間、再び蓮見の声が聞こえてきた。
(鍵は開いている)
持ち上げた手を引っ込めて、馨は直接ドアノブを回した。中は薄暗く、かろうじてもう一枚扉があるのが見えた。その扉は一枚目の扉よりもずっと豪華で、チョコレート色の板に金色のドアノッカーがついていた。しかしそれも使わずに扉を開けた。
「よく来たな」
大きな黒いデスクの向こう側に蓮見はいた。天井から仰々しいシャンデリアが下がり、白い百合を活けた花瓶が置かれたガラステーブルと革張りのソファが鎮座している。見るからに、昔ながらの「社長室」といった雰囲気だ。
蓮見はデスクに座っていた。いつもの長髪のウィッグに今日は洋服を来ていた。ブルーのワイシャツに紺色のネクタイを締めている。
蓮見は椅子から立ち上がると、ソファに座るよう視線で馨を促した。
「蓮見さん、身体は大丈夫ですか」
馨は、数時間前に気を失って真北に運ばれる蓮見の姿を思い出した。顔色は良くないものの、疲れた様子はなく、まるで別人のような顔つきだ。
「ああ。あれは・・・俺がやっているようで、俺の力じゃないからな」
「それはどういう・・・」
「全て、本当の盟主の力だ」
言われてみれば、真北が「二十四時間グレアのコントロールをしている」と言っていたが、今目の前の蓮見からは、全くと言ってもグレアを感じない。
「何がどうなっているか、わからないと言った顔だな」
「はい」
「説明する」
蓮見は馨の向かい側に腰を下ろし、いきさつを話し始めた。
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