9

2/2
前へ
/97ページ
次へ
二年前、蓮見(はすみ)(れい)は潜入捜査員として「ランドオブライト」に入国した。 当時、警察の捜査は佳境に入り、蓮見が潜入することで一気に検挙に向かおうという方向で動いていた。 しかし、蓮見が入って半年、どうにも尻尾を掴みきれず、巧みに隠された証拠は見つけられなかった。諦めかけた時、急に当時の「盟主」から蓮見は呼び出された。 「当時の盟主・・・?」 「俺をこの位置に据えた男だ」 蓮見はある日、新人が入る「準備部屋」に入れられた。そこで三日間監禁され、食事は与えられず、口に入れることができたのは水だけだった。 「おそらく遠隔操作でもされたのか・・・その部屋から出た俺の身体は、それまでとは全く違うものに作り替えられていた」 「作り替える?」 「俺は元々、Domだった」 馨は蓮見のグレアを全身で浴びている。その強さたるや、人生で初めての経験だった。しかし蓮見は「元々」、と言った。 「どういう意味ですか」 「Swich《スウィッチ》に、会ったことはあるか」 「!」 「俺は今、Swichだ」 「そ・・・そんなことが・・・ありえるんですか」 「俺にも何がどうなったのか、詳しいシステムはわからん。本当のことだから認めざるを得ないんだ。もしかすると最初からその要素が体の中に潜んでいたのかもしれないが」 「だけどそれを外から書き換えることが出来るなんて信じられません。まさかDomをSubに書き換えたりも・・・?」 「それはこの二年見てきたが、さすがに前例はないようだ。要するに、Swichの要素を持っているDomを探して利用しているということだ」 ただでさえ少ないダイナミクス《第二の性》の中で、Swichはごくわずかだと言われている。その理由は、自覚するタイミングが難しいからだ。 DomもSubも、それぞれ自覚するには相手があってのこと。どちらかだと思いこんでしまえば、逆の属性に気づくのは難しい。 「本当の盟主は、俺をSwichにしてお飾りのリーダーに祭り上げ、自分は自由に動き回っている」 「盟主は今、どこに・・・」 「俺はずっと会っていない。おそらく一般の職員の中に紛れている。名前を言うのは危険だが、お前は一度くらい会っているかもしれないな」 一体何が目的なのか。 蓮見をSwichに作り替えた意図は?それほどの力があるなら、姿を隠す必要があるだろうか? 真北は「盟主」が二十四時間グレアで全てをコントロールしていると言っていたが、それすら蓮見は自分の力ではないと言う。 「先ほど・・・グレアのコントロールは蓮見さんの力じゃない、とおっしゃいましたね」 「ああ。確かに出しているが、俺の意志じゃない。俺の身体はフィルターのようなもので、盟主のグレアが俺の身体を通して放出している、といった感じだ」 「それは拒めないのですか」 「拒めない。それほど・・・強力だ。ただ」 蓮見の声のトーンがぐっと下がる。切れ長の瞳は色素が薄い。馨は強い眼光に見据えられて、無言でうなづいた。 「なんの予告もなく「盟主」のグレアが弱まる時がある。その時だけは自由に動ける」 「初めてお話したときのようにですね」 「そうだ。今までは不定期に、夜中だったり、早朝だったり・・・最近その時間が少し増えてきた。ちょうどお前がここに来た頃からだ」 馨が来た頃。ごく最近のことだ。 「特に、講堂で顔合わせをした、あの後からだ。最近は半日ほど自由に動ける。だから今も、こうして話していられるんだ」 馨の存在がトリガーになっているのかもしれないということだった。新人としては異例の抜擢だと、会う人会う人に言われているが、それが関係しているのかはわからない。 蓮見はおもむろに腕を組んだ。 「これは一見好都合に見えて、実は危険だ。俺とお前が繋がっていることが知られるのも時間の問題だろう」 「・・・そうですね」 「近く、Subの年少者ばかりを集めて、オークションが開催される」 「オークション?!」 「海外の富裕層が客だ。プレイルームには行ったか?」 「一度、見ただけですが」 「会場はあそこだ。日程はまだ決まっていないが」 「そこが狙い目ということですね」 「ああ。だが、かなり警備がきついぞ」 「俺が・・・プレイをするために行けば、何が糸口が掴めるかもしれません」 「パートナーはいないんじゃないのか」 「・・・いません。プレイもしたことがありません」 蓮見は馨を凝視した。馨の年齢でプレイの経験がないのは、自覚が遅かったか、事情があるかのどちらかだ。DomであってもSubであっても、放っておくのは体調不良に繋がる。 「個人の事情を詮索する気はないが、その状態でオークションに潜入するのは危険だな」 「・・・そうですね」 沈黙が流れた。ぴくりと右の眉が動き、蓮見は顔を上げた。 「時間だな。また連絡する」 盟主に気づかれたのか。馨は立ち上がった。 「とりあえず、近い人から探ってみます」 「気をつけろ。焦るなよ」 「はい」 馨は早足で入口に向かった。 立ち止まって蓮見を振り返ると、蓮見も馨を見ていた。 「蓮見さん」 「何だ」 「お気をつけて」 「ああ」 ベテランであり、今までどれほどきつい目に遭遇しても、潜入捜査員として警察に情報を流し続けている蓮見。 馨はその彼に向かって分かり切ったことを言ってしまった自分が恥ずかしくなって、早足で扉を出た。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加