10

1/1
前へ
/97ページ
次へ

10

(かおる)蓮見(はすみ)から聞いた話の裏を取るために動き出した。 依然として馨の評価は高く、直属の上司の真北(まきた)から次々と新しい業務を与えられるようになっていた。「国」の住民の中の、特にまだグレアが弱いDomの訓練の相手をするのが大きな仕事だった。 訓練といっても、ひ弱なグレアを受け止め、それを少しだけ上回るパワーで跳ね返すだけだ。相手はその威力に徐々に慣れてゆき、放つグレアのレベルが上がってゆく、というシステムらしい。 「わあぁっ」 今日も二人のDomの訓練を終えたところで、背後で誰かが吹っ飛ばされる声が聞こえた。 訓練生が勢いに負けて飛ばされるのはいつものことだが、その声に聞き覚えがあり馨は振り返った。 「おい、立て。このくらいで吹っ飛ばされるな」 「す、すみません・・・」 身体の大きなDomに飛ばされたのは、灯馬が指導すると言っていた久坂(くさか)千尋(ちひろ)だった。痩せていて小柄な久坂は、トレーニング相手のDomに今にも捕食されそうな勢いだった。 ふらつきながらも立ち上がった久坂は、それでも必死にグレアを放出しようと体制を整える。拳を強く握り、唇を噛みしめて相手の目を見る。 手っ取り早くグレアを使うには、相手の目を見て、感情に乗せて放出するのが基本だ。「消えろ」だったり「去れ」だったり、「近づくな」という、相手を排除する言葉を頭に思い浮かべつつ放つ。Subに命令する場合とは全く違う。 (本当にDomか?) あまりにも弱々しい久坂の様子に、馨は動きを止めてつい、見つめてしまった。 その間にも久坂はまた相手のグレアにふらつき、今度は飛ばされこそしなかったが、情けなく尻餅をついた。 相手のDomは呆れ顔で、もう終わりだ、と言い捨てると久坂を放ってどこかへ行ってしまった。 「・・・久坂くん、大丈夫か」 「あ・・・」 馨は気がつくと、久坂に手を伸ばしていた。久坂はおずおずと馨の手を取り、恥ずかしそうに笑った。 「高月さん、ですよね」 「ああ。怪我はないか」 「大丈夫です。・・・情けないですよね、こんな程度で」 「いや・・・こればっかりは人それぞれだ。訓練次第で自由に使えるようになる」 「そうでしょうか・・・僕、本当に弱くて」 「慣れだと思う・・・俺もそうだったから」 「高月さんも?」 「俺は暴走するタイプだったんだ。最近やっとコントロールが効くようになった」 「そう・・・なんですか。すごいな・・・岬さんにも教わってるんですけど、なかなかうまくいかなくて」 「灯馬(とうま)に?」 灯馬は事務専門だ。いわゆる肉体労働的な仕事は回ってこないんだと自分で言っていた。 「あっ、あの、これ、秘密にしておいてください、本当はやっちゃ駄目なので・・・」 久坂は周りを見渡して、急に声のボリュームを絞った。確かに、自分の配属された部署以外の仕事に勝手に関わるのは厳禁だ。 「・・・・・・わかった」 「ありがとうございます・・・あの、高月さん」 「うん?」 「ちょっと・・・いいですか?」 「なに?」 「お話があるんです」 久坂は上目遣いで馨を見た。 警察官の勘が、これは危険だと知らせている。しかし同時に何かの糸口になるとも感じた。 馨は久坂に手招きされるまま、トレーニングルームを出た。     「話って?」 歩き続ける久坂の背後から、馨は尋ねた。久坂はそれでも足を止めず、歩きながら答えた。 「僕の側を歩きながら、止まらずに聞いてください。止まると誰かに聞かれてしまいます」 「聞かれてはまずいことか」 「そうです。・・・(みさき)さんのことで」 「灯馬の?」 馨は歩幅を久坂に合わせて、不自然にならないように半歩後ろを歩いた。久坂はトーンを落とし、ぎりぎり馨だけに聞こえる声量で続けた。 「岬さんは・・・「エイリアン」なんです」 「!!」 エイリアンというのは、この「ランドオブライト」の中の隠語で、Swichのことを意味する。 優秀なDomを集め、その力を駆使して海外の富裕層相手に人身売買をしているという「ランドオブライト」。この国では、Swichの力が計り知れないという思いからか、「エイリアン(異星人)」と呼ばれているのだ。特に自分で切り替えの出来るS w i c hに関しては、ひどく敬遠されるらしい。 「灯馬が・・・本当なのか?」 「多分、です。本人と話した訳ではないですが・・見てしまったんです」 「見たって何を・・・」 久坂は前を見たまま歩いていたが、ふと馨を見上げ、歩くスピードを緩めた。 「・・・・・・Domと、プレイしているところを」 岬灯馬は、馨ほどのグレアを持ち合わせてはいないが、紛れもなくDomだ。本人の口から、かつてSubを傷つけてしまったことも聞いている。 「プレイルームか」 「・・・いいえ。部屋で、です」 久坂は灯馬と同室だった。思わず馨は立ち止まってしまった。 「少し前、僕が体調を崩して眠れなくなったことがありまして・・・岬さんが睡眠導入剤をくれたんです。効き目は弱いものだったんですが、僕にはよく効いて、夕方から眠り込んでしまったんです」 再び歩き始めながら、久坂は重々しい口調でその夜に起こったことを話し続けた。 「夜中に、岬さんの声で目が覚めて・・・・・・もうひとり誰かがいるのに気づいたんですが・・・」 「プレイをしていたから、寝た振りをしたってことか」 「・・・そうです。厳密に言うと、プレイだけじゃなかったので・・・」 「ああ・・・」 性行為をしながらプレイに耽る者は少なくない。同時にすると、どちらも快感が増すのだとか。 「相手は?知っている奴だったのか?」 「結局最後まで顔は見ていません。でも、見たところで僕は新人なので、誰かはわからなかったかも・・・」 「・・・・・・」 「翌朝、岬さんは何もなかったみたいに普通でした。ただ、僕、不安で・・・」 「不安?」 「ここでは・・・エイリアンだとバレると排除されるって聞いて・・・」 「排除・・・それは本当なのか」 「噂です。僕もたまたま小耳に挟んだだけで、詳しくは解らないんですけど」 その噂はまだ馨の耳には入ってきていなかった。おそらく新人らしからぬ抜擢具合で、そういった雑多なことは入ってこない環境にいるからだろう。蓮見とコンタクトを取り、ひっそりと捜査を進めているので、灯馬とも接する時間が減っていた。 そしてここの言い方で言うなら、蓮見も「エイリアン」ということだ。 「灯馬の相手が黙っていれば、バレることはないんじゃないか」 「そうですけど、岬さんがあまり、いい状態じゃなかったんです。多分、バッドトリップだったような気がするんです」 「それは・・・まずいな」 「翌朝普通だったので、ちゃんとケアはされてるのかもしれません。それか、僕の思い過ごしか」 どんなプレイが行われたのかは知る由もないが、相手の出方次第では確かに灯馬が危ない。久坂のように気づく者が出てくるかもしれない。 「・・・そのことをどうして俺に話してくれたんだ」 「岬さんが、よく高月さんのことを話してくれるので・・・尊敬してるって言ってました」 「・・・尊敬?」 確かにここで最初に話すようになったのは灯馬だ。だが、馨は飽くまでも近づきすぎないようにしていたはずだ。尊敬されるほどの距離感ではない。 「入ってすぐ、盟主の側で働けるエリートだって、本当はあんな風になりたかったって・・・・・・だから僕も、高月さんだったら助けてもらえるんじゃないかって思ったんです」 「俺に出来ることなんか大したことじゃないが・・・とりあえず気にしておくよ」 「ありがとうございます。・・・あ、あの」 「うん?」 「岬さんには黙っていてもらえますか」 「・・・・・・もちろん」 久坂は幾分ほっとした顔をして、馨に会釈した。 馨は、「次のパートナーは大事にする」と恥ずかしそうに言った灯馬が、誰か知らないDomによって顔を歪める光景を想像して、背筋が凍った。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加