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「馨?!」 プレイルームから解放された馨は、ふらつく足で部屋に戻る途中だった。 廊下の向こうから、灯馬(とうま)が駆け寄ってきた。 「どうしたの?!真っ青だよ!」 「吐き気が・・・・・・」 「こ、こっち!もう少しがんばって!」 灯馬は馨に肩を貸し、一番近くのトイレに入った。 馨は真北に言われるまま、大勢のSubに向かってコマンドをかけた。 すると彼らは、われ先にと馨ににじり寄りひざまづいた。うっとりとした瞳、上気した頬、はだけた衣服。正直馨はそれを見た瞬間から吐き気がして仕方がなかった。 契約をしたわけでもない多数の群がるSubたち。本来なら「従属」する立場の彼らに、馨は「支配させられる」感覚を味わった。それは例えるなら満腹の腹に、吐くまで食べ物を突っ込まれるような感覚だった。 「全部出した?」 「・・・胃液だけだな」 「何があったの?」 「・・・・・・今朝から胃の調子が良くなかったんだ。訓練の途中から気持ち悪くなった」 「訓練っていつもの?」 「・・・ああ、うん」 「馨」 背中をさすっていた灯馬の手が止まった。 「馨のやってる訓練ってさ・・・かなり危険なんじゃない?」 「・・・灯馬?」 「だって最近すごく顔色が悪いし、少し痩せたよね」 「・・・仕事に慣れてないだけだ」 「気をつけた方がいいと思う。訓練についていけなくて入院した人もいるらしいから」 「灯馬は、いろんなことをよく知ってるな」 「情報収集だけは得意だから。・・・・・・あのさ、馨、プレイルームから出てきたよね?」 見られていた。 こういう場合の口実も準備してあったので、馨はさらりと、しかし少し口ごもりつつ答えた。 「・・・見られてたか」 「プレイのため?」 「訓練で疲れて・・・そのつもりで行った。・・・いい相手は見つからなかったよ」 「そうなんだ?」 「うん。・・・俺は好みがうるさいんだ」 馨が苦笑すると、灯馬も少し笑った。久坂(くさか)から聞いた、灯馬の秘め事が頭を過ぎる。 もし灯馬がSwichだと知れたら、蓮見(はすみ)のように利用されてしまうのだろうか。 灯馬は自分のダイナミクスに困惑していないのだろうか。 「灯馬」 「うん?」 「灯馬は・・・見つかったか、その・・・パートナーは」 「・・・俺は・・・見た目がさ、いかにもDomって感じじゃないじゃん?なかなかいないんだよね、気に入ってくれるSubが。だからまだ、見つかってはない、かな」 「外見は関係ないだろ?」 「俺もそう思ってるんだけど・・・第一印象って大事みたい。難しいよね」 「そうだな」 「お互い、見つかるといいよね」 「ああ」 大丈夫だと言っても、馨の部屋の前まで灯馬は付き添ってきた。大柄な馨に細身の灯馬が心配そうに付き添うのはちぐはぐに見えただろう。 「ありがとう。心配かけた。・・・礼と言ってはなんだけど、灯馬が困ったことあったら、いつでも言ってくれ」 「大げさだよ、こんなことで。まあもちろん、何かあったら頼むけど」 あはは、とくったくなく笑った灯馬はいつもと何も変わらない。久坂の話が信じられないほど、いつもの灯馬だった。本人が言わないのであれば、馨が無理矢理聞き出すことはできない。 一人になって部屋に入り、中を見渡して驚いた。 馨の荷物が無くなっていた。ベッドのシーツすら剥がされている。 同室の男は、馨を見て小首を傾げた。 「俺の荷物・・・」 「あれ?移動になったんじゃないのかい」 「移動?」 「今日から高月くんは特別棟だって、真北さんが」 「特別棟?!」 何も聞いていない。つい数時間前まで行動を共にしていたのに、真北は何も言っていなかった。なんだか今日はめまぐるしい。 仕方なく特別棟に向かおうとした時だった。 (高坏(たかつき)) 蓮見の声が頭に響いた。 しかしいつもと違う。こめかみを刺す頭痛を伴って、普段より強く響く。 (蓮見さん?) (高坏・・・っ・・・) 明らかにおかしい。確かに蓮見の声だが、これはエマージェンシーコールだ。 馨は部屋を走り出て、特別棟へ向かった。
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