12

1/1
前へ
/97ページ
次へ

12

あたりに誰もいないことを確認して、(かおる)蓮見(はすみ)の部屋に繋がる秘密の扉を開けた。開けたとたんに異変を感じる。よどんだ空気と、まとわりつくような湿気。蓮見のグレアは感じず、代わりに見知らぬ誰かのグレアの「残り香」がする。 ノッカーは使わず、木製のドアを押し開けると、普段は整然としている盟主の部屋の中が何者かによって荒らされていた。 そして奥のデスクに、服装が乱れた蓮見が上半身をうつ伏せにして気を失っている。 「蓮見さん?!」 馨は駆け寄り、蓮見の上半身を抱き起こした。ワイシャツの前がはだけ、ネクタイも解けて床に落ちている。いつものウィッグの長い髪がデスクの上に広がっていた。 「誰だ・・・?」 何度か軽く頬を叩くと、蓮見はうっすらと瞼を開けた。 「高坏(たかつき)です、何がありました?!」 「みず・・・水を・・・」 苦しそうに蓮見は自分の喉を押さえた。馨はあたりを見回して、水のサーバーを見つけて走った。 備え付けのグラスに水をなみなみと注いで、蓮見の手に持たせた。 喉仏を上下させて、蓮見は水を一気に飲み干した。かすれた声で「足りない」と蓮見は言い、馨は焦ってもう一杯水を組みに走った。 結局グラスに三杯の水を飲み干した蓮見は、それでも足りない、と言った風にはだけたシャツをさらにくつろげた。 「蓮見さん?」 「暑い・・・」 確かに額から汗が流れている。しかしこの部屋は空調が効いていて暑くも寒くもない。 あっけにとられる馨の前で蓮見はワイシャツを脱ぎ捨てた。しかしスラックスのベルトに手をかけた蓮見を、馨はあわてて止めた。 「は、蓮見さん?!ちょっと待っ・・・」 制止も聞かず、蓮見はさっさとベルトをはずし、スラックスのファスナーを降ろした。雑に脱ぎ捨て、靴下と革靴も脱いでしまう。 ついに下着に手をかけた時、馨はその手を掴んで無理矢理やめさせた。 これは異常だ。 「蓮見さん!しっかりしてください!」 いくら助けを呼んだとはいえ、これはおかしい。どんなに暑くても、冷静な蓮見が無防備に部下の前で全裸になるはずがない。そもそもなぜそんなに暑いんだ? 蓮見は熱い息を吐きながら、半開きの瞳で馨を見た。あつい、と繰り返し、まだ脱ごうとする。 「失礼します」 馨はそう言うと、蓮見のみぞおちに軽めの一発を食らわせた。うっ、と言って蓮見は馨の腕に二つ折りになってもたれかかった。 ぐったりとした蓮見の身体は確かに熱を持っていた。ただの体調不良という熱ではないのはわかる。 蓮見は気を失いこそしなかったが、我に返ったのか、暑がるのをやめた。馨が肩を掴んで顔をのぞき込むと、蓮見は何度か瞬きを繰り返した。 「蓮見さん、大丈夫ですか、俺がわかりますか」 「高坏・・・?」 「そうです、一体何があったんですか?」 「・・・・・・」 蓮見は再び瞬きをして、じっと馨を見つめた。 「来てくれたのか」 「呼びましたよね?」 「・・・・・・」 「違いましたか」 「・・・いや、違わない・・・・・・でも」 「はい?」 「届くんだな、お前には」 馨は意味がわからず首を傾げたが、蓮見は安心したように微笑んだ。 蓮見がほとんど何も来ていないことを思い出して、馨は空いている片手でワイシャツを拾った。 「とりあえず服を着てください」 蓮見は自分のワイシャツを手に取ると、淡々と脱いだ服を身につけ始めた。時折カフスボタンをじっと見つめたり、ベルトを締めながら何かを考えていたが、馨は蓮見が着替え終わるのを荒れた部屋を整頓しながら黙って待った。 「高坏」 ネクタイを締めながら、蓮見は言った。 「はい」 「ここに来るとき、誰かとすれ違わなかったか」 「いいえ、誰とも・・・」 「そうか・・・」 「蓮見さん、そろそろ伺っても構いませんか」 「・・・そうだな」 蓮見と馨は向かい合って座った。念の為、再びグラスに水を入れて蓮見の前に置いたが、それを飲もうとはしなかった。 「・・・強制的にSwichさせられた」 「え・・・っ」 「盟主だ」 「盟主がここに?!」 「滅多に来ることはないんだが」 「強制的にって・・・あれは、自分の意思で変えられるものじゃないんですか?」 「盟主にSwichに作り替えられたのは話しただろう。俺は人為的な変化だから、自分では切り替えられない。作った本人にとってはお手のものらしい」 「じゃあ・・・蓮見さんがSubに・・・?」 「・・・・・・」 それはつまり、本当の盟主にSubとしてプレイを強要されたということだ。言いづらそうにしている理由はそこにある。もちろん合意のわけがない。 「暑がっていたのも、プレイのせいですか」 「ああ、あんな事は初めてだ。ドロップの一種だろうな。に、しても今まで直接盟主が俺をコントロールしようと動いて来たことはなかったんだが」 蓮見のドロップが発熱程度で済んでいるのは、彼の強さなのか、作り替えられたSwichだからなのか。 「接触してきた理由は何ですか?」 「・・・警告だと言っていた」 蓮見は黒目だけを上げて馨を見た。二人が考えていることは同じだった。 「お前に接触してくるのも時間の問題だ。さっさと俺を殺さないところが気持ち悪いが、他にも何か考えているんだろう」 「オークションに関わることでしょうか」 「多分。もしそこで失敗した場合の身代わりにでもするつもりだろう」 「逆に考えれば、失敗する可能性が強いということですね」 「ああ、最大規模のオークションだ。・・・今回の客の中には、かなりやばい奴が入っているからな」 「・・・蓮見さん」 馨は喉まで出掛かった言葉をどうしても吐き出せなかった。蓮見はその様子をじっと見ていたが、腕を組むと、ふっと笑った。 「言いたいことがあるだろう」 「盟主の支配(プレイ)から逃れる方法は・・・」 「・・・・・・もちろんある。俺をSubにSwich出来るのは今のところ盟主だけだが、もちろん契約しているわけじゃない」 「・・・まさか」 「そのまさかだ。一番はSwichしないこと。その次は・・・他のDomと契約を結ぶことだ。そうすれば盟主は手を出せない」 「蓮見さんはDomじゃありませんか」 「・・・もちろん、俺だってそうありたいがな。残念ながらSwichであることは事実だ。切り替えられたら、手も足も出ない」 「でも・・・蓮見さんほどの人と契約出来るDomなんて・・・・・・」 馨は目を泳がせた。真北(まきた)はどうだろう。対決こそしたことはないが、蓮見の代わりにグレアをコントロールできる彼なら蓮見と契約出来るかもしれない。ただ、どう説明したらいいんだ。 「本気で真北に説明するつもりか?」 「えっ」 考えていたことが筒抜けで、馨は目を丸くした。蓮見はくくっ、と笑って言った。 「やっぱりか・・・お前は・・・珍しい奴だな?」 「あの・・・?」 「かなり俺との相性がいいらしい。で、それはさておき」 蓮見は至極真面目な顔つきになり、こう言った。 「俺と契約(CLAIMする)を結ぶ気はないか」
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加