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「え・・・っ・・・」 (かおる)は手元の書類から顔を上げて、真北(まきた)を凝視した。 「これは・・・」 「君たちは仲が良かったからな。ショックだろうがこればっかりは仕方ない」 真北から渡されたのは、エイリアンだと確定した者たちの名簿だった。いろいろな部署からそれぞれ一人、または二人ほどの名前が上がっている。 その中に「(みさき)灯馬(とうま)」があった。 「灯馬が・・・」 やはり明るみに出てしまった。時間の問題だと思っていたが、想像していたよりずっと早い。 真北はひときわ低い声で続けた。 「言いづらいことではあるが、彼は・・・他のエイリアンたちを統率していたようだ」 「・・・そんな馬鹿な」 「証言が出ている。彼の指示で密かに集い、なにかを企んでいたらしい」 「企むって何をですか」 「それを今調べている」 真北は顎でくい、とデスク上のモニターを指した。執務室に置いてあるテレビには、館内に設置された監視カメラの映像が映し出されるシステムになっていた。 モニターに映っているのは、まるで外国のテロリスト集団にジャーナリストが人質として捕らえられた時のような映像。 椅子に座らせられた灯馬は手首をロープで縛られ、白い布で目隠しをされている。拘束はそれだけだが、ぐったりと頭を落とし苦しそうだ。 「こ・・・こんなことまでしなきゃならないんですか?エイリアンだからって暴れるとは限らな・・・」 「小一時間前、他のDomをグレアで吹っ飛ばしたばかりだ」 「!!」 「我々も手荒なことはしたくないが、これ以上怪我人を増やすわけにはいかない」 灯馬がパートナーのSubを傷つけてしまったというのは、もちろんグレアの強さゆえだろう。そんな自分を盟主のコントロール下に置きたくて入った「(ランドオブライト)」。 しかしSwichだとわかれば、途端にこの扱いを受ける。 「高月、お前には岬から情報を引き出して欲しい」 「え・・・」 「お前となら話してもいい、と言っている」 真北はモニターの灯馬を見たままそう言った。馨は一瞬言葉を失い、小さく息を吸い込んでから答えた。 「俺と、ですか」 「お前が唯一の友人だと言ってる」 灯馬は人当たりがよく、同室の久坂(くさか)も、同じ事務職の仲間たちともうまくやっていた。確かに尊敬してくれてはいるようだが、馨だけと交流を持っていたわけではない。 彼が唯一の友人、と言うのにはほんのわずかな違和感があった。 「・・・わかりました。何を聞き出せば・・・」 「正確な仲間の人数と名前、それから計画を」 「計画?」 「言っただろう。エイリアンはこの「国」に危険を及ぼす何かを企んでいる。それを知りたい」 「・・・確かなんですか、その、企んでいるというのは」 「・・・高月」 真北はデスクから立ち上がった。 今日、彼は黒に近いダークグレイのスーツに、ブルーのワイシャツ、黒地に細いストライプのネクタイを締めている。髪はいつも丁寧に整えられていて、一筋の乱れもない。頭一つ分違う180cmを越える馨と並んでも遜色なく見えるのは、鍛えられている体躯とその自信に満ちた表情だからこそ。警察官である蓮見(はすみ)とはまた違う、しかしただ者ではないオーラを醸し出す真北。まわりの人間たちは、彼のグレアと頭脳の明晰さを尊敬してやまないが、馨には真北が何かもっと大きな力を持っているように思えてならなかった。 それは、畏怖の感情だった。 「ここで昔あった、エイリアンが起こした大惨事の噂を聞いたか」 教えてやろう、と言わないところが、すべてを見透かされているようでぞっとする。馨の耳に噂が入っているのが当然とでも言うように。 「・・・聞きました」 「死んだのがおおよそ百五十人、怪我人が八十人弱。その後「(ランドオブライト)」が完全に機能するまでに一年半」 真北はそこまで言って、馨の目の前までゆっくりと歩いてきた。そしておもむろにジャケットを脱ぎ、しゅるりとネクタイを解いた。ワイシャツの前を開けて、馨をその三白眼で見上げた。 「!!」 馨は真北の胸に、広範囲に広がる火傷の跡を見た。朱色のケロイド状に薄く膨らんだ傷が多数、胸の上ほとんどを覆い尽くしている。 「俺はまだいい方だ。全身火傷で死んだ者が大勢いる」 「・・・・・・」 「聡いお前ならわかるな。用心に越したことはない、ということだ。俺はもう、あれほどの人間が一斉に死ぬのを見たくない」 「・・・すみませんでした」 「いや、いい機会だった。こんなことでもなければゆっくり話すこともなかっただろう」 真北は服を整えると、馨の肩を叩いた。それは真北の癖だった。信用している者に対してのみ取る行動で、馨の他には、昔から真北の側で働いているという浅木(あさぎ)という男にしかしない。それはつまり、馨が真北の信用を得ることに成功しているということだ。 「じゃあ早速頼む。岬は講堂にいる」 「講堂に?」 「他のDomたちに知られないようにだ。講堂はいわゆる防音設備みたいなものだからな」 防音どころか、講堂はDomがめいいっぱいグレアを放出しても平気なほど頑丈な造りだ。そこにヒビを入れたのは馨が初めてだと、のちに蓮見に聞かされた。もしも、かつての爆発が講堂で起こったならどうなっていたのだろう。 馨は真北の執務室を出て、灯馬のもとへ向かった。
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