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(かおる)が講堂の中に入ると、入口の見張りをしていた男は外から鍵をかけた。灯馬(とうま)が拘束されているとはいえ、馨が信用されているのか、もしくはどうなっても構わないということなのか。 馨は講堂の真ん中で椅子に座らせられている灯馬に近づいていった。 足音に気づいて持ち上げた灯馬の顔はやつれている。手首を縛り付けたロープから、強いグレアを感じた。無機物にグレアを転移することができるなど馨は知らなかった。 「・・・・・・馨?」 「灯馬・・・」 口の端だけを持ち上げて灯馬は無理矢理笑顔を作った。この様子も監視カメラで見られているのだろうが、馨は気にせず近くにあった丸椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。 「大丈夫か」 「うーん・・・大丈夫では、ないかな」 「だろうな。怪我は?」 「それはないよ。それより」 灯馬は言葉を区切った。人懐こい笑顔が消えた。 「何を・・・聞きたくて来たの?」 灯馬は馨の目を刺すように見た。そんな灯馬を見たのは初めてだった。 「・・・わかってるんじゃないのか」 「どこまで知ってるの?」 「Swichなんだろ」 「この状況でそこ?馨はやっぱりいい奴だなあ」 「・・・・・・」 「Swichなのはもう事実として・・・俺が何をしたいのか、が聞きたいんじゃないの?」 灯馬は、見たこともない強い視線を寄越してくる。馨には薬物中毒者のそれにしか見えなかった。プレイルームでSubたちの湿った視線を浴びた時に似ている。 馨は感情を押し殺して尋ねた。 「そこまで理解してるならありがたい。今回の一件は、何が目的なんだ?」 「ここではエイリアンって言うんだよね」 「灯馬」 「ひどい言われようだって思わない?好きで生まれついたわけでもないのにさ。俺なんてここまでの人生ほとんどDomとして生きてきたのに・・・」 灯馬は急に黙り込んだ。そして敵意に満ちた目で馨をねめつけた。 「馨みたいなエリートにはわからないだろうね。自分でも気づかなかった傷口を見つけられて、無理矢理えぐられる気持ちなんて」 それが、久坂(くさか)が見た深夜のプレイのことだと馨はすぐに気づいた。相手の正体がわからないことが腹立たしかった。 灯馬も、蓮見と同じく自分のSwichの素質を他人に見抜かれたひとりなのだろう。違うのは、それを自覚させられたあとの待遇だ。 「灯馬、聞け」 馨は声を低くして言った。 「今なら洗いざらい明らかにしてしまえば、それほどの処分にはならないだろう。今のうちに全て話して・・・」 ぷっ、と吹き出したと思うと、灯馬は声を上げて笑い出した。しばらく笑ったあと、灯馬は涙を一筋流しながら、こう言い放った。 「思ってもいないようなこと言わないでよ。まるで警察の取り調べみたいだね」 警察、と聞いてぎくりとするが、顔には出さず馨は灯馬の次の言葉を待った。 「だいたい、「悪いようにはしない」って言ってそのとおりになることなんかないよね。だから取り繕わないで殴るなりなんなりして吐き出させれば?」 「灯馬・・・」 「理不尽に利用されることなんか馨には一生無縁だよね・・・うらやましいよ」 そこまで言い切った灯馬は、馨から視線を外した。そして次の瞬間急に目を見開き、かはっ、とむせこんだ。何かを吐き出したいのに、出せない、といった風に。 「灯馬・・・?」 「馨っ・・・俺は・・・・・・ちが・・・っ・・・」 それは急激に起こった。灯馬は発作を起こして身体をがたがたと震わせ始めた。歯と歯がぶつかり合う音がして、う、う、と苦しげにうめいたかと思うと、急にガクンと頭を落とし、椅子から転げ落ちた。 「灯馬!」 馨が駆け寄ろうとした背後から、触るな、と厳しい声が響いた。 振り向いたそこにいたのは、蓮見と真北だった。 「高月、止まれ」 止めたのは真北だった。蓮見は今日、いつもの長いウィッグと着物。「盟主」としての正装だった。 「真北さん!灯馬が・・・っ」 言い掛けた馨を、蓮見が右手で制する。するとなぜか、急に声が出なくなった。馨は喉を手で押さえてみたが、空気が行き来する音だけで声帯が機能しない。 (そのまま黙っているんだ) 蓮見の声が頭に響いた。 そして同時に蓮見と真北の会話が耳に入ってくる。 「盟主、どうなさいますか」 「・・・数日このままで。彼が話さなくても、他の者たちが吐くだろう」 「かしこまりました」 馨は両手を握りしめ、二人を凝視していた。蓮見に黙っていろと言われなければ、灯馬を助けてやってくれと口走りそうだった。 (お前の言いたいことはわかっている) 蓮見の声が再び響く。馨は真北に気づかれないように小さくうなづいた。 真北は厳しい表情で馨に向かって言った。 「高月、岬を特別室へ運べ」 「えっ・・・」 特別室というのは、この国の中で何か罪を犯した者が入れられると噂の、いわゆる監禁される場所。馨も場所は知っていても中を見たことはない。 「真北さん、灯馬はさっき・・・っ」 「高月」 「真北さん!」 「聞こえなかったか?」 「・・・っ・・・」 馨は唇を噛んだ。おそらく真北もわかっている。灯馬が何者かに操られ、囮とされたであろうことを。 ちらりと蓮見の顔を見るが、頭の中に彼の声は聞こえてこない。仕方なく馨は椅子から落ちて気を失っている灯馬を抱き上げた。
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