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抱き上げた灯馬(とうま)は想像より軽かった。 誰にも会わずに特別室に行けるエレベーターに、キャスター付きのベッドに寝かせて乗り込む。何の発作だったのか、灯馬は目を覚ます様子はない。 あの様子はどう考えてもタイミングが良すぎる。ちがう、と必死に訴えた灯馬は、一瞬正気に戻ったように見えた。そしてそれ以上話すことも出来ないまま気を失った。おそらく本当の盟主が灯馬を利用したのだろう。蓮見(はすみ)はそれに気づいている。灯馬を特別室に匿っている間に、何か手を打たなければならないのかもしれない。 エレベーターを降りると、特別室の前で一人の女性が待っていた。こちらへ、と言われるまま、(かおる)は中にベッドを押して入った。 中は、「監禁室」と噂されていたのにも関わらず、何不自由なく過ごせる設備が整っていた。ベッド、テレビ、冷蔵庫とミニキッチン、別室にトイレとバスルーム。 ただ、馨は見回してみて、窓がひとつもないことに気づいた。換気システムはしっかりしているようだが、白い壁のどこにも窓はなく、入ってきた扉を閉めると内側にドアノブがついていないため、それすらも壁と一体化してしまう。 つまり、居心地はいいが、自力で出ることの出来ない部屋なのだ。 灯馬を備え付けのベッドに寝かせると、背後で待っていた女性がもう一度、こちらへ、と言った。後ろ髪を引かれる思いで馨は灯馬を振り返った。 彼は目を開けていた。 顔だけを馨に向けて、知り合った時と変わらぬ表情で見つめている。うっすらと涙が滲み、口は半開きだった。泣いていながら、笑っていた。 (灯馬!) 蓮見のように届くことはない、と思っても、馨は心の中で叫んだ。 間違いない。 灯馬ははめられたのだ。 彼の苦しげな視線を感じながら馨は特別室を後にした。どうやらこの「国」は当初想像していたよりもずっと闇が深いようだった。 と、馨のシャツの胸ポケットで携帯電話が震えた。ウィンドウの表示は「真北(まきた)」。エレベーターの中で「通話」をタップする。 「高月です」 「真北だ。そっちが終わったら戻れ」 「はい」 先ほどの蓮見とのやりとりを気づかれてはいないだろうか。真北に気づかれるのは死に等しい。蓮見は信用しているようだが、危険なことはないのだろうか? 「ご苦労だったな。(みさき)は目を覚ましたか?」 「いいえ。眠ったままでした」 真北の執務室には珍しく、蓮見がいた。蓮見の部屋ほどではないがそこそこ立派な応接セットがあり、そのソファに蓮見は深く腰掛けていた。 別れ際に涙を滲ませた灯馬の顔を思い出しながら、馨は彼らに小さな嘘をついた。 「盟主からお前にお話があるそうだ」 馨はソファに座っている蓮見を見た。蓮見は「盟主」の顔をして馨を見上げていた。 「座れ」 「・・・はい」 馨が蓮見の前のソファに腰を下ろすと、真北はデスクから立ち上がり、蓮見の横に立った。 「お話というのは・・・」 「エイリアンの件だ」 馨は表情を変えずにうなづいた。蓮見自身の口から「エイリアン」と聞くと複雑な気持ちになる。 「岬灯馬はダミーだと思うか」 蓮見が自分のことを「盟主」のダミーであると告白した日のことを思い出す。真北の手前、少し考えた振りをしてから馨は答えた。 「気を失う直前、俺はちがう、と聞こえました。鵜呑みにするのは危険かもしれませんが・・・」 「岬は高月を慕っていたそうだな。一連の彼の様子を見て、おかしいと思ったことはないか」 「・・・らしくない、とは思います。彼は自分のグレアのコントロールに悩んでいました。人間的にも優しく、同室の新人の面倒もよく見ていましたし・・・」 「密かに良からぬことを企むタイプではないと?」 「・・・そうですね」 蓮見は口をつぐんだ。真北がそこに一言を添える。 「しかし岬が実際に、捕らえようとした数人をグレアで吹っ飛ばしたのを見た者が多くいる。岬がコントロールが不得意だと言うのは確かだ」 「ですが、何かきっかけがなければそういうことにはならないと思います。原因はわかっているんですか」 「・・・・・・」 真北も口をつぐんだ。 何も言わない真北の代わりに、蓮見が言った。 「プレイルームを使わずに、性交渉を含むプレイを重ねていた」 「えっ・・・」 「それも自室でだ」 基本、プレイルーム以外での行為は禁止されている。もちろん隠れて耽る者がいないわけではないが、プレイルーム内での自由が約束されている分、Dom同士でそういうことになるのは非常に珍しい。かつ灯馬がエイリアンで、Subとして行っていたならなおさら罪は重い。 久坂から聞いた話が思い出される。しかし何度も、ということならば状況は最悪だ。 「同室者は・・・それを見ていたんですか」 その問いかけには真北が答えた。 「同室者は部署が変わって、一週間前、部屋が変わっている」 「告発したのは彼ですか」 「いや、岬と同部署の男だ。岬を・・・慰み者にしていたらしい」 馨はうつむいた。 やはり灯馬とプレイした奴の仕業だった。どう考えても共犯だというのに、灯馬だけが重い処分を受けるのは、彼が「エイリアン」だからなのだろう。 馨は顔を上げ、蓮見に向かって尋ねた。 「盟主・・・・・・岬くんの処分はどうなりますか」 蓮見は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。これについては真北も口を挟むことはなかった。蓮見は返事の代わりに、こう聞き返した。 「高月、岬を陥れた奴を特定できるか」 蓮見の言葉に、真北がわずかに片眉を釣り上げる。 馨は答えた。 「やってみます。それがわかれば、彼の処分は取り消していただけますか」 「・・・他の者を傷つけたことについての処分は変わらない。だが少しは軽くなるだろう。そうだな、真北?」 つと蓮見は真北に視線を移した。馨もつられて真北を見る。 「・・・かしこまりました。しかし、期限は必要です」 「そうだな。高月、一週間だ。いいな?」 「わかりました」 馨は真北がいるというのに、蓮見とふたりで話している時のような安心感を感じていた。それは蓮見が真北に寄せる信頼感をかいま見たからだ。 間違いなく敵の、それもトップに立つ男だが、何故か蓮見は彼に警戒心を持っていないように見えるのだ。 馨は真北の執務室を出たが、中ではまだ、蓮見と真北が話し合っていた。 蓮見の横顔が、警察官のそれになっていて、馨は複雑な思いでその場を離れた。 その理由を知ることになるのは、それから間もなくのことだった。
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