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18
灯馬の事件の後、馨はひっそりと調査を進めた。「エイリアン」だと告発した、灯馬と同じ部署で働く男は軽い処分で済んだそうだが、仕事には出ていなかった。身体の調子が悪いとかで、「国」の中にある入院施設に入っているとか。
不穏な空気しか感じない。面会謝絶で、話を聞くことすら許されなかった。
面会謝絶を指示しているのは蓮見ではなく、真北だという。身動きの取りづらいこの状況で調べ上げろというのはかなりの難題だ。
「高月さん!」
仕事の合間に調べを進めるのは骨が折れる。同時にオークションのことも調べなければならない。
疲れ切って、昼食の手が止まっていたところに、声をかけられた。
「久坂くん」
「お久しぶりです。隣、いいですか?」
灯馬と同室だった久坂だった。トレーに日本茶と味噌汁の椀ひとつを乗せている。
「・・・それしか食べないのか?」
「あ・・・ちょっと、最近食欲がないんです」
「それっぽっちじゃ身体が持たないだろう」
訓練で強いDomに吹っ飛ばされていた久坂。意味を理解したのか、久坂は恥ずかしそうに笑った。
「訓練は・・・はずされました。弱すぎて話にならないからって、広報課に移動になったんです」
「移動・・・」
馨は初めて聞く顔を作った。
あの訓練は、各のグレアのレベルをある程度統一させ、弱い者の力を引き上げるためのものだと聞いていた。なのに弱すぎるという理由ではずされるなど、初めて聞いた。
久坂は馨の思いを見透かしたかのように言った。
「はずされるなんて前代未聞だって言われちゃいました・・・僕、向いていないんですかね」
「そんなことない。それに広報だって立派な仕事だろう。外部との重要なパイプになるんだから」
「・・・優しいんですね」
ふと灯馬の台詞が過ぎる。似たようなことを言われた気がする。自分はどれほどお人好しなのかと考え、また手が止まる。
会話が途切れ、馨は定食のチキンを、久坂は味噌汁を黙って口に運んだ。
「高月さん、あの・・・」
久坂はボリュームを絞って言った。
「岬さん・・・どうなったか知ってますか」
「・・・・・・詳しくは知らないな」
「やっぱり処分、受けたんでしょうか」
「どうだろうな・・・」
「・・・高月さんも僕が告発したって思いますか」
「え?」
「同じ部署の人に言われました。同室だったんだから、全部知ってたんだろうって・・・どうしてこんなことになるまで黙ってたのかって・・・」
「・・・・・・」
「確かに僕さえ黙っていれば、外に漏れないんじゃないかって思ってました。・・・でも本当に、言ったのは僕じゃないんです」
「わかってる。君は・・・灯馬を心配していたからな」
「信じてくれますか」
久坂はとろりとした視線を寄越した。馨は風邪で発熱したときのように、身体がふわりと揺れるのを感じた。
この少年は、人とは違う性的指向を持っているのだな、と気づいた。灯馬に対する視線も、自分に対する視線も、他の「国民」たちとは違う。残念ながら応えることは出来ないが。
「・・・ああ」
「良かった・・・ありがとうございます。高月さんにまで誤解されたら僕、どうしようかと・・・」
嬉しそうに笑って、久坂は碗を持ち上げた。その右手の小指の側面を覆う赤紫色の痣に、馨の目が止まった。
「その痣・・・」
「え?あぁ、これですか」
椀を置いた久坂はその痣をさすりながら答えた。
「生まれつきなんです。ケロイド体質っていうらしくて」
その痣は薄く盛り上がっていて、手首のあたりまで細く伸びていた。よく見ると、爪も他の指より色が悪い。
「痛くはないのか」
「子供の頃からあって、痛んだことはないんです」
「そうか・・・不躾に聞いてすまなかった」
「女の子じゃないから平気ですよ。気にしたことないし・・・あ、僕、そろそろ」
久坂は席を立った。挨拶をして彼は食堂を出て行き、馨はひとり残った。
おもむろに携帯電話を取り出すと、真北にメールを打ち込む。送信を押して、トレーを持ったその時。
食堂の奥、厨房でどおん、と鈍い音がした。
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