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「気になる人物?」 「・・・(みさき)くんの同室の、久坂(くさか)千尋(ちひろ)、という男です」 馨は、食堂で見た久坂の右手を思い出していた。 どこかで見た気がした。 それは真北に会って思い出すことが出来た。彼の胸に広がるケロイド状の火傷の痕に、よく似ていた。久坂は生まれつきだと言うが、馨はなぜかそれが気になっていたのだ。 警察官の勘が、小さくアラームを鳴らしていた。 「・・・久坂?」 真北(まきた)が眉をひそめた。蓮見(はすみ)と目を見合わせている。 「高月、久坂というのはこの男か」 「え・・・?」 真北は携帯電話の画面である男の顔を映し出した。彼の携帯には、「国民」全員の情報が入力されているらしい。 そこに映っているのは、久坂ではなかった。二十代後半の体躯の大きな男だった。見たことのない顔だった。画面の上には国民の通し番号の「1784」の数字だけが表示されている。 「違います、もっと若い・・・華奢な・・・」 「やはりか」 「やはり?」 蓮見と真北が顔を見合わせる。 「その名前は偽名だ」 真北は携帯を操作して、違う写真を表示させると馨の前に差し出した。 「お前が会ったのはこの男じゃないか」 一重瞼の腫れぼったい目とこけた頬、耳にはたくさんのピアスが並んでいる。久坂ははっきりとした二重瞼で、どちらかというと可愛らしい顔つきをしているが、写真の男は見るからに人相が悪い。 だが、よく見ると輪郭も、口の形、鼻や耳の形までもが久坂なのだ。 「様子はずいぶん違いますが・・・そうです、彼です」 「・・・高月、彼のことを説明しなきゃならない」 蓮見はいつになく深刻な顔をして説明を始めた。 かつての「エイリアン」が起こした事件は、ひとりのSubの犯行であった。 百人超の死者を出したその男は、爆心地にいたため顔に誰かわからないほどの火傷を負った。施設の中では外科的手術が出来ず、やむなく提携している病院に運ばれた。 「手術は無事に終わった。が、そのあとそのSubは病院から姿を消した」 「逃走・・・ですか」 「ああ、その後の行方はわからなかった。高月がここへ入ったのと同時期に、そのSubによく似た男が入ってきた」 真北はすぐにその新人が逃走したSubではないかと疑った。だが、「久坂(くさか)千尋(ちひろ)として入ってきた彼の素性はしっかりしており、何よりもグレアが弱々しく、爆発を引き起こさせたSwichとは到底思えなかったという。 「何重に調査を進めても彼にはおかしなところは見つからなかった。何よりグレアが弱すぎて、使い物にならないほどだと報告があがっているくらいだ」 馨は本人から、弱すぎて訓練からはずされた、と聞いたばかりだ。蓮見は眉間に深い皺を刻んで続けた。 「ちょうど数日前、本物の「久坂千尋」の素性がはっきりしたところだった」 「本物?」 「エイリアンの爆発で彼と同じ病院に運ばれたDomの中に、そういう名前の男がいた」 「本物の久坂は・・・どうなったんですか」 「・・・・・・亡くなっている」 「・・・・・・」 「正確には九坂知宏・・・くさかともひろ、と言う。彼の素性を利用して、別人に成り代わったようだ」 馨は今までのことを反芻していた。 灯馬(とうま)と同室になり、弱々しいDomを装い馨にも近づいてきた久坂。なにより、灯馬がSwichであることを馨に打ち明けたのは彼ではなかったか。 馨はそれを、蓮見にも真北にも報告しなかったことを悔いた。どこかで間違いであってほしいと思うばかりに、大事な判断を誤ったのだ。 「す・・・すみません・・・あの、俺・・・」 馨は両手を握りしめ、久坂が灯馬のことを打ち明けてきたことを白状した。 その告白を聞いても、真北は表情ひとつ変えなかった。蓮見の顔は見られなかった。おそらく幻滅しているだろう。 押し黙っている真北からは、怒りのグレアが滲み出ている。馨は初めて、真北に対して恐怖を感じていた。 凍り付いた空気を中和するように蓮見が口を開いた。 「・・・真北、やはり奴の狙いは高月だ」 「そのようですね」 二人の会話に入る勇気もなく、馨は彼らの顔を交互に見た。蓮見は淡々としていて、怒っている様子はない。 真北は大きなため息をつくと、馨に向かって鋭い声を出した。 「・・・お前の失敗については追って処分する。しかし今はそれどころではない。・・・高月」 「はっ、はいっ」 「お前が接した「久坂千尋」は、ここ、ランドオブライトの影の盟主だ」 「・・・えっ・・・?」 聞き間違いだと思った。 潜入捜査員である蓮見と自分しか知らないはずだ。どうしてそれを、真北が。 蓮見は驚く馨の目の前で、ベッドの上に広がっていた長い髪のウィッグをするりとはずした。 「!」 それは蓮見が警察官に戻るときの合図。馨は思わず身構えたが、真北は驚くでもない。 「これは・・・どういうことなんですかっ・・・」 蓮見は驚く馨の目を見つめ、こう言った。 「高月、黙っていてすまない。真北は・・・全てを知っている」 「まさか、捜査員・・・?!」 真北は馨の顔を見もせずに答えた。 「・・・俺は警察官じゃない。「エイリアン」の爆発の時に蓮見さんに命を救われた、ただの「国民」だ」 真北(まきた)晴臣(はるおみ)。 彼はかつて、ランドオブライトによるSubの大量人身販売で、たったひとりの兄を奪われた、「被害者」だった。
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