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潜入捜査員の蓮見(はすみ)(れい)は、「滝田(たきた)(りょう)」という偽名でランドオブライトの上層部に入り込んでいた。 先々代に当たる盟主は高圧的で、唯一グレアだけがやたら強い、カリスマには程遠いどちらかというとぱっとしない男だった。 警察の調べによると、この「国」のトップは数年で移り変わる。それは警察の検挙逃れのためと、ひとりの人間が力を持ちすぎないためだった。 当時からひと月に一回は行われていた、海外富裕層向けのSubのオークションの開催日。三日間に渡る大規模なオークションの初日、蓮見は体調不良を訴えた同僚に変わって、その会場へ酒や食事を運ぶウエイターに紛れ込むことが出来た。 今でこそ間違いが起こらぬよう、オークションにかけられるSubはバイヤーから離れたガラス張りのステージに置かれるが、当時はバイヤー自らが気に入ったSubと直接プレイをすることの出来るシステムになっていた。中にはそれだけを目的に紛れ込む輩もいて、たびたびSubが傷つけられ問題になっていた。 「先々代の盟主は強引な男だった。Subが心身共に傷つくことなどお構いなしで、とにかく高値で売ることが全てだった。・・・真北(まきた)に会ったのはそのころだ」 蓮見はオークションの現場を見て背筋が凍った。でっぷりと腹に脂肪をため込んだ外国人たちは、薄い古代ギリシャ風の衣装を着せられたSubの少年少女たちを、プレイとは名ばかりで、喜々として犯していた。周りの大人たちはそれが当然だと言わんばかりに見て見ぬ振りをしている。 「真北は俺と同じくウエイターとして働いていた。中の状態をよく把握していて、不慣れな俺に仕事を教えてくれた。俺が他の「国民」と様子が違うことに気づいたのも、真北が初めてだった」 (・・・あんた・・・外部の人間だろ) オークション二日目、ウエイターの制服の白いシャツとカマーベスト、蝶ネクタイを手渡してきた真北は、抑揚のない声で言った。 (・・・外部?) (隠さなくていい。・・・俺もだから) 今の真北は洗練されたスーツで身を包み、髪を整え、誰から見ても出来る男だが、当時は三白眼の目つきが鋭く、何を考えているか読めないといった雰囲気の男だった。 仲間を探している、と言った真北に蓮見は最初、潜入捜査員であることを明かさなかった。 (俺は兄を探してる。この国の中にいるっていうことだけを知ってる。・・・あんたは?) (・・・・・・) (もしあんたが警察の人間だったら、俺は全面的に協力する。俺はここをぶっ壊すために入り込んだんだ) (・・・どうしてそこまで言えるんだ?俺が思った通りの人間じゃなかったら・・・自分の身が危険だと思わないのか) (・・・俺にはわかる。行方不明の俺の兄は、警察官だった) (!!) 真北の兄は、蓮見とは違う署から派遣された潜入捜査員だった。 ランドオブライトに潜り込んで五年以上が経ち、連絡が途切れて二年。真北警部補の上司からは、彼が亡くなったと連絡が入ったという。 (死んでいるはずがない。俺の兄はそんなやわな男じゃないんだ) 真北はぎらついた目でそう言った。 この男をひとりにしてはならない。下手をすれば、自分の命と引き換えにとんでもないことをしでかしてしまう。そう思った蓮見は決して明かしてはいけない自分の素性を告げることを決めた。それがふたりの関係の始まりだった。 (もし兄が本当に死んでいたら、ここの最上部まで登り詰めてからここをぶっ潰す。それには盟主をあの位置から引きずり降ろす必要がある) 真北の考えは明らかに無謀だった。潜入捜査員である蓮見としても一般人を巻き込むのは本意ではない。しかし単独で危険な行動に出かねない真北を放置するわけにはいかなかった。 蓮見と真北がひっそりと情報を交換するようになり、ひと月ほど経った頃、あの爆発が起きたオークションが開催されることとなった。 「あの日、十数人のSubがオークションの「商品」として選ばれた。その中でもひとり、人気の高い少年がいた。・・・それがお前の会った「久坂(くさか)千尋(ちひろ)」だ」 久坂は当時まだ十代。小柄で華奢、美少年とは言えなかったが、いかにもSubといった雰囲気だった。何よりSubにも関わらずその目つきが反抗的かつ獰猛(どうもう)で、多くのDomの嗜虐心を煽ったという。 「何人ものDomが久坂を競り落とすために大枚をはたいたが、盟主はじりじりと値段をつり上げた。結局競り落としたのは、海外の金持ちたちを抑えて、日本のある成金の男だった」 あまり評判が良くない上に、これまでも桁外れの金額で何人ものSubを買いたたいてきたその男による落札には、さすがの盟主も眉をひそめた。 そして引き渡しの時。 「そのあとのことは、お前も噂で聞いているんじゃないか」 「・・・はい」 Swichであった久坂は、主人となる成金の男の手を取った瞬間、自分のダイナミクスをDomに切り替えた。その場にいたSubたちは久坂のグレアに当てられて気を失った。久坂の手を握った成金は、彼に睨まれると身体をがくがく震わせ、こともあろうにその場で失禁したのだ。 久坂はその瞳でぐるりとプレイルーム中の人間を見回した。次々とDomは久坂のグレアによって失神したり、奇声をを上げたり、逃げだそうとした。しかし何かに縛られたように、その場から誰一人逃げ出すことは叶わなかった。 黙っていた真北が不意に口を開いた。 「久坂が仕掛けた爆弾が一斉に爆発した時、蓮見さんはそのグレアで俺を守ってくれた。大火傷は負ったが、おかげで命は取り留めた」 プレイルーム内にいて命を落とさなかったDomは、蓮見と真北だけだった。当時の盟主はもちろん、バイヤー達ももれなく命を落とした。しかし不思議なことにSubの中にも命が助かった者がいた。それが久坂本人と、彼が身分偽装するために必要な「九坂(くさか)知宏(ともひろ)」だった。 蓮見は言った。 「最初から九坂知宏は狙われていたんだろう。あの空間で盟主も殺して、ここを自分のものにすべく帰ってきた、とでもいうところか・・・」 「蓮見さん・・・亡くなった盟主というのは、先々代、ですよね」 「そうだ」 「でも、蓮見さんを盟主の位置に据えたのは、先代の盟主だとおっしゃいませんでしたか」 「先代もダミーだ。そうグレアの強くない男で、彼も久坂に操られていた」 「じゃあ、蓮見さんを盟主にしたのも、Swichにさせたのも・・・」 「久坂だ」 「ダミーだった先代は・・・」 「・・・死んだよ」 馨は言葉を失った。背筋が凍る。何も知らずに接していた少女のような久坂の顔を思い出すと、脇の下に冷や汗が滲む。 あの爆発で死ななかったグレアの持ち主の蓮見は、きっと久坂に目をつけられたのだ。 そして。 「その久坂が、お前を取り込もうとしている」
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