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「俺・・・ですか」 「お前が本気を出せば、俺や真北(まきた)も叶わないレベルのグレアを使える」 「えっ」 「訓練で壁に亀裂を入れただろう」 「あ・・・」 「あの壁は、俺と真北でコーティングしてある。それに亀裂を入れられるということは、そういうことだ。お前を利用して何かを企んでいるんだろう」 (かおる)がわからない、といった顔をすると、真北が口を開いた。 「それはまた話そう。蓮見(はすみ)さん、そろそろ」 「そうだな・・・高月、とにかく気を緩めるな」 「は・・・はい」 真北は無言で退出を促し、馨は蓮見に頭を下げてから特別医務室を後にした。 真北の背中を見ながら廊下を歩いていたが、前方を歩く足が止まり、馨も立ち止まった。 「高月」 「はい」 「ひとつ言っておきたい」 「・・・はい」 「俺は今でも考えは変えていない」 それは、兄を取り返し、この「国」を潰すということ。もしかすると、彼が言う「兄」はすでにこの世に存在していないかもしれない。それでもその証拠を手に入れるまで、おそらく彼は止まらないのだろう。 「俺は蓮見さんと約束をしている」 「約束・・・?」 「もし真の黒幕に対峙することがあり、あと一歩、というところまで来た時・・・どちらかが捕らえられていたとしても、怯むことなく撃つ」 「!!」 真北は冷静で、その瞳は青い炎のように静かに燃えている。 馨はぎゅっと拳を握りしめた。 「その約束は今も有効だ。お前が加わろうと変わらない。・・・だが」 真北はゆっくりと振り向いた。その顔は「(ランドオブライト)」ナンバー2の理性的な面もちではなかった。 「俺に何かあったとき、お前は蓮見さんを守れ。蓮見さんは生きるべき人だ」 「真北さん!」 「あの人はここで死んじゃいけない」 「それはあなたも一緒です!」 答えはせず、真北は続けた。 「久坂はおそらく、桁外れに強いDomを探している。何をしようとしているのかは不明だが、いずれなんらかの動きを見せるはずだ」 「俺に出来ることは何でもします。・・・真北さん」 馨が何を言わんとしているのかわかっているのか、真北はふと表情を和らげた。 「命を投げ出したりは・・・しないでください」 ふふ、と笑った真北は背中を向けて歩き出した。 この男は警察官ではない。殉職など関係ない。 なのに、命をかけてここにいるのだ。 死なせてはいけない。 馨は早足で真北の後を追った。 「久坂千尋」はその後、広報部に配属されたはずが、名簿に名前はなかった。 どの部署を調べても久坂の名前はなく、人事の人間を操作したのか、誰に聞いてもわからないと言う。数百人が働く「国」の中でうまく姿をくらましたと思われた。 灯馬はいまだ特別室の中だ。安全だとは思うが、サイキックのようなことをやってのける久坂にかかれば、どこに居ても危険だ。そしてそれは馨自身、蓮見や真北も同じ。馨はとにかく虱潰しに国中を当たった。 「高月くん」 同じ時期に入った同僚が声をかけてきたのは、その日の業務終了間近だった。 「ええと・・・臼井くんか」 「プレイルーム、行った?」 「え?」 「あれ?聞いてない?真北さんがプレイルームに寄ってくれって」 「プレイルーム・・・?」 「今日はSubの休息日だから、訓練に使われてるはずだよ。コーチャーがひとり怪我をしたとかで、手が空いていたら手伝ってくれって」 「・・・わかった、ありがとう」 おかしい。真北からの連絡はいつも直接だ。しかし伝えてくれた同僚の口振りだと、確かに彼から聞いた、といった風でもあった。携帯を取り出し真北の番号にかけるが、呼び出し音がなるばかりで出る気配がない。 プレイルームは電波が通じにくい造りだが、真北の持つ電話は特殊で、「国」の中であればだいたい通じる。通じないのは電源が落ちているときだけだ。 背中にひやりと汗が伝う。 馨が潜入を開始したときより、今の状態は格段に危険度が増している。久坂はすでに自分の正体が明らかになっていることを察知して姿をくらました。かつ馨に照準を合わせ、蓮見はSwichに作り替えられている。Subに切り替えられた彼は久坂に服従せざるを得なくなる。真北が側に居るといっても、二十四時間ではない。そしてその真北ですら、久坂の手の中かもしれない。電話に出ないのは、間違いなく非常事態だ。 馨はプレイルームに向かって走った。 薄暗い通路は不安を煽る。 倉庫の最も奥のグレーの壁を三回ノック。すると重々しく左右に壁が開き、細い階段が現れる。それを駆け下り、プレイルームのガラス戸の前に立った。 確かにSubたちの姿は無かった。部屋はきれいに片づいており、あられもない姿の少年たちが横たわるベッドは、シーツすら剥がされている。 背徳感あふれる照明が消されているからなのか、プレイルームはただのだだっ広い「部屋」に見えた。 馨は入り口で足を止めた。真北の姿がない。 「真北さん?」 声を張った。訓練と言っても、Domの姿すら見えない。 中に入ってはいけない、と思ったその時、誰かが強く、馨の背中を押した。 「うわっ」 前のめりに倒れ膝を強く打ち付けた。それでもすぐに振り返ると、ガラスのドアの向こう側で、頑丈なシャッターが下がり始めるのが見えた。 (しまった!) 閉まりゆくシャッターの側に、人影。 足は、二人分。
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