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「開けろ!」 強化ガラスを両手で叩くが、シャッターの威力も相まってびくともしない。 迂闊だった。階段を下りる前に気がつくべきだった。あの足は誰だったのか。ぎりぎり確認できたのは二人分の足。一人はここで支給される室内履きのスニーカーと、スーツのスラックスと革靴。 (まさか・・・真北(まきた)さんが・・・?) 彼にはめられたのか、それとも彼もはめられたのか。いずれにしてもこの凡ミスが口惜しい。ほかの場所から出ることは出来ないか、部屋中をくまなく探すが、見事にどの入口も強化ガラスとシャッターの二枚重ねで閉められている。 途方に暮れた時、頭がキイン、と痛んだ。そして雑音と共に蓮見(はすみ)の声が響いた。 (高坏(たかつき)・・・どこに・・・いる・・・?) (蓮見さん!) 頭を押さえて聞き取ろうとするが、ザー、という雑音が入ってよく聞こえない。プレイルームの中は電波が通じない。それも関係しているのかもしれない。 (気を・・・つけろ・・・) (蓮見さん?!大丈夫ですか、無事ですか?!) (・・・きたが・・・) 真北が、と聞こえた。その後何度呼びかけても蓮見の声は聞こえなくなった。 「くそっ!!」 馨はもう一度入口に戻り、体当たりでガラスを割ろうとした。しかし揺れるだけでヒビひとつ入らない。 久坂なのか。 ここに閉じこめられたまま、何も出来ずに蓮見や真北が危険に晒されるのを見させられるのか? (俺はなんのためにここに潜入したんだ?) 馨は無性に腹が立ち、自分の身体の奥深くからグレアが溢れ出してくるのを感じた。 本来ならDomのグレアは、パートナーであるSubを他のDomから守るために威嚇したり、排除したりするためのものだ。それをこの「国」では違法に利用し、あろうことかSubの人身販売にもその力を使っている。 潜入してからずっと身体と心の奥でくすぶっていた怒りの心が、馨のグレアに火をつけた。 蓮見が馨に言ったあのひとこと。 (俺と契約を結ぶ気はないか?) 優秀な警察官であり、身分を捨てて潜入して数年。たったひとりで戦い、Swichに身体を作り変えられても捜査をやめない蓮見黎は、馨にとって尊敬する上司であり、道標だ。 例え真北が側にいるとしても、彼は一般人であり、蓮見にとっても馨にとっても、仲間というより庇護しなくてはならない存在。 馨が信じるべきは、蓮見ひとり。その蓮見が、馨をパートナーに、と望んだ。 (経験がなければわからんだろうが、Subにとって強いDomというのは何より大事なんだ) そう言ったのは蓮見本人だ。 ビジネスとは言え、馨をパートナーにと望んだ蓮見。 (俺は・・・っ・・・) 悔しさと怒り、蓮見からの信頼に応えられない自分に腹が立ち、馨は拳を握りしめた。 そして、グレアを本来の使い方でガラスに向かって放出した。 (久坂!!!) 脳裏には蓮見がいた。 俺のSubに近づくな。 その強い思いは馨の生まれついて強いグレアに乗り、ライフルでやっと穴が空くほどの強化ガラスに大きな亀裂を入れた。ビシッ、と音をたてガラスは粉々に砕け散り、シャッターは熱で溶かされたようにぐにゃりと変形した。 我に返るまで数秒、馨は「正しい」グレアの威力がこれほど強いものだと知らなかった。ただ放出する何倍もの体力を要し、そのパワーは比べものにならない。 薄暗い階段を駆け上がり、倉庫を走り出て、廊下に出たところで馨は足を止めた。 「・・・な・・・んだ・・・?」  馨が見たものは地獄絵図だった。 先日起きたよりもずっと大きな爆発があったのか、通常、廊下があったところは壁が崩れ大きく開口してしまっている。爆風で飛ばされたと思われる「国民」が何人も倒れていた。 「おい!しっかりしろ!」 一番近くに倒れている男に近づいて助け起こすが、うつろな目をした男は声を出すことが出来ず、うう、と呻いた。 と、遠くでまた爆発音が響いた。 (高坏) 頭痛とともに蓮見の声がした。雑音は消えたが、弱々しくかすれている。どこかで爆発の被害にあっているのだろう。 駆けつけた救護班の人間に抱き起こした男を託し、馨は蓮見の元へ急いだ。 向かう途中、多くの負傷者を見た。その中の三分の一は命を落としているようだった。救護班は自分たちも負傷しながらも、必死に怪我人の処置に当たっている。 おそらく馨が閉じこめられたのは偶然じゃない。蓮見から引き離すのが目的だったのだろう。久坂はどこにいるのか。既に蓮見と対峙している可能性もある。特別棟への通路だった場所も爆発で原型をとどめていない。瓦礫の中を馨は走った。 講堂の入口のドアは完全に吹き飛ばされて、中の様子が離れた場所からでも確認出来た。足の曲がった椅子が乱雑に散らかり、天井につり下げられていた照明器具が落ちて粉々に砕けている。中央の御簾はこれもまた骨組みしか残っておらず、もしその中に蓮見がいたとすれば・・・と考えて馨は心臓がきりりと痛んだ。 「蓮見さん!」 盟主、と呼ぶ気にはなれなかった。 返事はない。ひどい有様の講堂に人の気配はしないが、禍々しいグレアだけが残っている。このグレアの「香り」に覚えがある。弱々しくて微弱だったはずなのに、今や講堂一杯に堂々とたちこめている。 「久坂・・・っ・・・!」 思わず叫んだ馨の声が、崩れかけた講堂に響き渡った。 「あのドアを破って来たんですか」 不思議なことに、頭上から聞き覚えのある声が降り注いだ。そんな場所から声が聞こえるはずがないと考えるより先に、馨の目におかしな映像が映り込んだ。 大きな穴の空いた、ドーム型の屋根からは、オレンジとダークブルーの混じった夕方の空が見える。その壊れた屋根の端に、ちょこんと腰かけた久坂がいた。 「すごいですね、やっぱり思った通りだ」 久坂は少女のような可愛らしい顔で馨に微笑みかけた。馨は思わず唇を噛んだ。久坂のすぐ側に、一体どうやってそうなったのか、上半身をロープで縛られた蓮見が天井からつり下げられていたからだった。 「蓮見さん!」 怪我をしている腕に直接ロープが当たり、蓮見は苦しげに顔を歪めている。ウィッグの毛先を伝って馨の足下に血が滴り落ちてきていた。 「高月さん、あなたのグレアって本当にまっすぐで綺麗なんですね」 「久坂!蓮見さんを離せ!」 「いいなあ、そんなグレア、欲しいなあ」 話を聞いていない風を装い、久坂は手に持ったロープの端をぎりりと締める。うう、と蓮見が呻き、身をよじる。その拍子に、着物の合わせ目から馨が預けたカラーの代わりのネックレスが垂れ下がった。久坂は気づいていない。 「ねえ高月さん、僕と手を組みましょう?」 「貴様、何を言ってる?!」 「あなたの規格外のグレア、もっと上手に使いましょうよ。警察にいたって活かしきれませんよ」 当然わかっているとは思ったが、その口から「警察」と言われると背筋が凍る。潜入捜査員を泳がせ、これだけの爆発物を誰にも知られず密かに設置できる久坂のネットワークたるや。 「本当はもう少し楽しみたかったんだけど、このひと意外に鋭いから、予定を早めるしかなかったんですよ。オークション、楽しみにしてたのになあ」 くく、と笑って久坂は蓮見を横目で見た。 やはり久坂はオークションの日に事を起こそうとしていたのだ。それが早まったのは、やはり馨が潜入して、予想外の動きがあったからなのか。 「高月さんも一緒に行きましょうよ。蓮見さんはもう・・・僕のものになりましたよ」 くすくす笑いながら、久坂は再びロープを締め上げる。おそらく久坂は蓮見をSubに切り替えている。それでも蓮見が心から従属しているように見えないのは彼の強さか、人為的に作り替えられた関係では、そのコントロールが効かない場合もあるのかもしれない。 蓮見は顔を歪めながらも、馨を見た。 声は聞こえなかった。しかし、馨には「切り替えろ」と蓮見が命じているのが解った。 一気に沸点まで高まった馨のグレアは、半壊した講堂の壁や天井を震わせた。 「・・・・・・久坂」 自分の声が反響して聞こえてくる。もう止められない。身体のどこもかしこも熱くて燃えるようだ。 「蓮見さんは俺のSubだ。離せ」 久坂はまだ微笑んでいる。びりびりと振動する空気を楽しんでいるようにすら見えた。 馨の髪が逆立ち、周りの塵や瓦礫までもがグレアに反応して浮き上がる。 馨は叫んだ。 「黎!!」 馨が蓮見の名を呼んだ瞬間、グレアは最高潮に達し、ゆったりと構えていた久坂を光の塊となってまっすぐに貫いた。オレンジとダークブルーの空に久坂が飛ばされたのと同時に、蓮見の身体は解放され、馨の目の前に落下し始めた。馨にはそれがスローモーションに見えた。かなりの衝撃にも関わらず、馨はためらわず腕を伸ばし、蓮見の身体を抱き留めるために走った。 馨が引き起こしたグレアの爆発は、かつてのエイリアンの事件よりも、久坂が仕掛けた爆発よりもさらに規模が大きく、すでに半壊していたランドオブライトを壊滅に導いた。 それにより警察の捜査が正式に入ることとなり、Subの人身販売も明るみになった。 多くの死者が出た中で、(みさき)灯馬(とうま)真北(まきた)晴臣(はるおみ)の二人の遺体は見つからなかったという。
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