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(先に潜入に入っている捜査員とコンタクトを取れ。彼はベテラン捜査員で、二年前から入っている) 馨はたったひとつのボストンバッグ片手に、「ランドオブライト」の門をくぐった。 ある伝手(つて)がなければ入れないと言われているカルト教団。いわゆる情報屋と言われる男に偽名の身分証明書を貰い、偽の家族構成や学生時代の出来事を頭にたたき込んだ。名前の読みは同じだが、「高坏」を「高月」に変えてある。 まず無事に入り、先に入っている捜査員とコンタクトを取らなければならない。 「高月(たかつき)(かおる)くん、二十六歳」 「はい」 「話は聞いてるよ。・・・君はどこまで理解しているのかな?」 「こちらでは、世の中の為にDomのグレアを利用する研究をされていると聞きました。その一員になりたいと思っております」 「なるほどね。抑制剤は飲んでる?」 「高校生の頃から飲んでます」 「そうか、じゃあ抜かなきゃならないね」 「抜く・・・?」 「長く飲んでいるとね、成分が身体に残ってしまって、グレアがうまく使えないことがあるんだよ」 Glare《グレア》。それはDom特有の眼力。オーラだとか、圧力とも言われる。Domのグレアに当てられたSubは、その本能が剥き出しになり、支配されたい、服従したいという欲求が溢れ出す。正式なパートナー同士の間ではプレイとして成立するが、契約を交わしていないSubにDomがグレアを使うのはレイプと見なされる。 今現在問題視されているのは、まさにこのことである。 調べによれば、この「ランドオブライト」は優秀なDomばかりを集め、そのグレアを悪用してSubの未成年を海外に売っているという。 海外ではSubの少年や少女を愛玩目的で買うふとどきな富豪が一定数いるのだ。 「じゃあまず、部屋に荷物を置いてきてくれ。案内するところがあるから」 「わかりました」 初日に馨に対応したのは、三十代はじめくらいに見える、スーツ姿の男だった。名前を真北(まきた)と言った。細い黒縁の眼鏡の奥の眼光は鋭く、笑っているが何を考えているのか解らない。この施設の窓口を守っているのだから当然Domだろう。彼は馨の全身を舐めるように見ると、友達のような口調で話し続けた。 案内係の若い女性が馨の前を歩く。彼女も至って普通に見える。初めて訪れる人間を警戒させないためかもしれない。 部屋は二人部屋だった。 同室の人間の荷物は少なく、ベッドの上にクッションが一つ、ふたつ並んだデスクの片方に分厚い本が置いてあるぐらいだった。 空いているベッドの上にボストンバッグを置き、馨はひとつだけある窓を開けてみた。 そこから望めるのは外の景色ではなく、美しく手入れされた中庭だった。筒状の建物の内側は吹き抜けになっていて、どの部屋からもその中庭が見える。逆を言えば、どの部屋からも中庭しか見ることができない造りになっている。 覚悟はしてきたものの、閉鎖的な空間にため息が出た。窓を閉めると、馨は部屋を出た。 真北のところに戻ると、人当たりのいい笑顔で紙袋を差し出し、彼はこう言った。 「ああ、そうだった、着替えを渡していなかったね。君の私服は預かっておくので、これに着替えて」 紙袋に入っていたのは麻の作務衣だった。カルト教団にありがちな、全員お揃いの制服かと思ったが、真北も、部屋に案内してくれた女性も私服姿だ。 「これは・・・?」 「抑制剤を抜くのには一週間ほどかかる。おそらく私服だと・・・いろいろ問題があるのでね」 「・・・・・・?」 「専用の部屋に移動しよう。何、心配ない、すぐ慣れるからね」 真北はにっこり笑って立ち上がり、馨の背中にぽん、と手を置いた。 寒くもないのに。その感触で馨は背中に悪寒が走るのを感じた。 案内されたのは、二人部屋よりもずっと広い、ベッドとトイレ、シャワールームが完備された空間だった。 「抑制剤を完全に抜くため、君はしばらくここで生活してもらわなきゃならない。食事は決まった時間に出るし、一日一回、二時間、部屋から出る時間もある」 「・・・それで抑制剤が抜けるんですか」 「身体から薬剤の成分を抜くための特別メニューを食べて、規則正しい生活をする。それだけのことだ」 「特別メニュー・・・」 「君のように長年抑制剤を飲んでいると、時間がかかるんだよ。身体から抜けたことが解れば、先ほどの部屋に戻って共同生活がスタートだ」 「・・・はい」 そして馨は麻で出来た作務衣に着替え、その部屋の中に一人入れられた。 監禁だった。 本当に特別メニューの食事で抑制剤の成分が抜けるのか、そもそもそんなことをしなければ抜けないなど、聞いたことがなかった。 しかしこれを受け入れなければ、潜入そのものが進まない。仕方なく馨はベッドの上に仰向けになった。 それから一週間、馨はこの監禁された部屋にいながら、「ランドオブライト」の本当の姿を知ることになったのである。
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