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(せき)さん・・・が?!」 「はい。・・・三日前です」 (れい)にとって、(せき)雅彦(まさひこ)という男の存在は特別だった。 黎がランドオブライトへ潜入することになったきっかけを作った男だった。 「関さんがどうして病院に・・・」 「連絡をもらったと言っていました。それで飛んできたと」 「連絡・・・?」 「はい。俺はそう聞きました」 珍しく動揺し目が泳ぐ黎を、(かおる)はじっと見つめた。ずっと立ったまま話をしていた馨は、ベッドの脇に置いてあったパイプ椅子を引き寄せ座った。 「関さんから、蓮見さんのことを聞きました」 「俺のこと?」 「はい。・・・蓮見さんが嫌でなければ・・・内容を話します」 「そう言えと関さんが言ったのか」 「はい」 「・・・らしいな」 ふっと笑った黎につられて馨も微笑んだ。 (お前が蓮見(はすみ)か) 関雅彦は黎がまだ巡査だった頃の先輩警察官だった。 無精というより剃り残したような髭。櫛も通らないんじゃないかと思われるクセの強い髪。ニヒルと言うよりは斜に構えた微笑み。 (はい、今日から勤務となりました蓮見巡査です) (下の名前は) (え?) (名前だよ、ナマエ。なんての?) (れ・・・黎、です) (レイ?ずいぶん可愛らしいなあ) (はあ・・・) (よっしゃ、これからよろしくな、レイコちゃん) (レイコっ・・・?!) 最初の印象は、調子の良い男、ただそれだけだった。しかし実際の「関雅彦」は見た目に反してひどく無骨な男だった。 「関さんは、蓮見さんのことを頑固で保守的な男だって言っていました」 「・・・・・・よく言う」 「多分、どっちが、って言うだろうって言っていました」 黎は、関と馨が自分のことを話題にしていたということを不思議に思った。絶対に混じり合わないと思っていた二人。しかし密かに、関と馨には共通点がある、と黎は思っていた。 「蓮見さん、かわいがられていたんですね」 「・・・かわいがられて?」 「違うんですか」 「違うな。そんな記憶はない」 「厳しい人だったんですか」 「・・・ああ」 今の蓮見黎を形成したきっかけを与えた関雅彦。 「関さんが言っていました。おそらく蓮見さんは、この事件の真相を追うのをやめないだろうと」 「・・・・・・」 「危険なら危険なほど諦めないだろうから、気をつけて見てやってくれと言われました」 思わず口が開いてしまう。なんだ、それは。 「お前、部下だろう?と聞かれて、俺が思わずはい、と答えてしまったからだと思いますけど・・・」 「それはランドオブライトの中でのことだ」 「そう・・・ですが・・・」 馨が初めて、視線を落とした。怒られた犬のような顔をしている。それを見て黎は言った。 「なんだ、寂しそうな顔をして」 「寂しいですよ」 「・・・え?」 「俺は蓮見さんを尊敬してます。あの(ランドオブライト)の中でひとりで戦える人を、俺は他に知りません」 「たまたまひとりだった時間が長いだけだ」 「他の捜査員だったらとっくに死んでます」 それは正論だった。強すぎる黎のグレアは、事を大きくもしたが、黎自身を守ってもくれた。 警察内でも持て余す強力なグレアを役立てられる場所、それがランドオブライトだったのだ。 馨は言った。 「俺は出来るなら、蓮見さんの側で働きたい」 「・・・戻らないつもりか」 「はい」 「考え直せ」 「蓮見さんはどうするつもりなんですか」 「・・・・・・」 「単独で動くつもりなら、危険です」 「もう警察官じゃない。単独で動く以外、方法があるか」 「俺がいます。絶対役に立てます」 「高坏・・・・・・」 「このまま何もしないのは俺も嫌なんです。俺では・・・だめですか」 まるで交際を申し込むような口振りで馨は言った。黎は意味もなく瞬きを繰り返した。それでもまだ言葉に悩んでいると、馨は続けた。 「・・・契約(claim)は・・・解除してくれてかまいません。ただ、部下でいさせてください」 契約。そこではっとした。 久坂に乗っ取られるのを防ぐために結んだ契約。今はもう黎がSwichである必要はなくなった。馨に言われるまで、そのことを失念していたぐらいだった。 「お前は・・・変わってるな」 「そうでしょうか」 「俺なんかについてきてもなんの得もないぞ」 「損得で動いているわけではありません」 「・・・警察官の鏡だな」 この台詞は二度目だった気がする。黎は諦めて、ふっと笑った。 「まずは退院か」 馨は黎の言葉に、嬉しそうに笑った。
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