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目が覚めた(れい)は、脱いだはずのスウェットの上下を着て、(かおる)のベッドに眠っていた。 隣には馨はおらず、ソファにブランケットが丸まって置いてあり、そこで馨が眠っていたことがわかる。 小さなキッチンからコーヒーの香りが漂って来ていた。覚醒しきらずぼんやりとベッドに座っていると、カップを持って馨が入って来た。 「・・・おはようございます」 「・・・おはよう」 「コーヒー・・・淹れました」 「もらうよ、ありがとう」 馨はカップを差しだし、ベッドから少しだけ離れた場所で立っていた。もっと気まずい空気が流れるものだと思っていた。しかし想像以上に、リラックス出来ている。サブスペースに入ることが出来たからなのかもしれない。どっちにしても黎には初めての経験だった。 「あの・・・」 馨は昨夜とは打って変わって、様子を伺うように言った。 「蓮見さん、身体は・・・」 「・・・思ってたより楽だ。痛みも・・・ない」 「・・・すみません、あの・・・」 「何故謝る?」 あの甘いやりとりはまだ脳裏にこびりついている。しかし意識がはっきりとすればするほど、普段の関係性に戻ってゆく。 「・・・あれが、双方の合意によるプレイだ。だから、お互いに体調がいい。違うか?」 「た・・・確かに・・・」 「俺はこれから久坂のことを調べる。・・・協力してくれるか」 「は、はい!」 好きだ、と言われたことははっきりと覚えている。しかし答えるのは今じゃない、と黎は感じていた。 「次を右に」 「はい」 車に乗って二十分。黎の指示で向かっている場所がどこなのか、馨は知らなかった。 赤信号で車が止まると、ドアポケットに差し込んだ黎の携帯の着信音が鳴りはじめた。 「・・・蓮見さん、電話が」 「番号を変えたばかりだ。知ってるのはお前と・・・」 「俺と?」 「あと・・・ひとり」 黎は通話ボタンをタップした。 「・・・もしもし・・・ええ、はい。・・・どうして電話を・・・え?」 受話器を持ったまま黎は車の窓の外を見た。誰かを捜しているようだった。 「高坏、悪いが、この先の信号を曲がったところで止めてくれ」 「は・・・はい」 「・・・お前も会っただろう。関さんが待ってる」 「え・・・?」 入院先の病院に現れた(せき)雅彦(まさひこ)。電話の相手は彼だった。信号を曲がったところに、関は立っていた。膝の出たチノパンのポケットに両手をつっこみ、ぼさぼさの髪を風になびかせていた。車を近くに止めると、ゆったりとした足取りで歩み寄り、助手席のウインドウにぬっと顔を近づけてきた。 「おう。どうだ、身体の調子は」 「関さん・・・」 「こっちは、この間病院で会ったぼうずだな。えーと・・・」 「高坏、馨です」 「そうだ、タカツキだ。おい黎、ずいぶんくそまじめな弟分をとっつかまえたもんだな」 黎と馨は思わず顔を見合わせた。弟分、という呼び名がおかしくて、ほぼ同時に吹き出した。 それを見ていた関は、親指で近くのファミリーレストランの看板を指した。 「そこに入るぞ。退院祝いぐらいしてやれる」 「関さん、そんなこと」 「たかだかファミレスだろ。まあ・・・ひとり三千円までにしてくれ」 にっ、と笑って関は大股で歩き出した。馨は慌てて車を方向転換させた。 「あの、関さん」 「ぅん?」 「なんで電話なんか」 「なんかって何だよ、ひでえ言いぐさだな」 「関さんが自分から連絡してくるのは普通じゃないでしょう」 黎と関の会話を馨は背筋を伸ばして固まったまま聞いていた。元先輩警官と、そのまた先輩の元警察官の前で、元新人の馨は緊張することしか出来ることはない。 「だから退院祝いだって」 「嘘つかないでください」 「おーこわ」 「関さん!」 「あーもう、わかったわかった・・・おいタカツキ、お前の兄貴は怖ぇな」 ししし、と笑って関は頼んだヒレカツにフォークを刺した。黎の前にはチキンの照り焼き、馨の前には手のひらほどの大きなハンバーグが並んでいる。 黎のひとまわりほど年上に見える関は、元警官らしい体格をしていた。背はさほど高くないが、独特の威圧感のある男だった。 「お前ら、もう一般人だろ。つるんで何するつもりだ」 「・・・・・・」 「わかってんだろ。危ねえことに首突っ込むな、ってことだ」 「関さん、何を知ってるんですか」 「俺は何も知らねえよ」 「・・・このタイミング、知らないはずがない。あの病院だって簡単には知られないルートで入院してるんです。・・・どういうことなんですか」 「・・・・・・」   「関さん!」 「・・・・・・ランドオブライト」 「!!」 関は急に眼光を鋭くして、黎と馨を交互に見た。
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