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蓮見(はすみ)さん、聞いていいですか」 「何だ」 「さっきの(せき)さんの話・・・」 「気になること満載だろ」 「そうですね」 「まず何が聞きたい?」 「・・・・・・関さんが言っている怨恨っていうのは」 「俺が知っている範囲では」 こほん、と咳払いをして(れい)はウインドウを開けた。風が車内に流れ込む。 「関さんの奥さんが、信者の男に騙されて光の環に入った。ちょうどその頃、潜入捜査員になることになり内部に入れたそうだが、彼女は既に上層部の女にされていたとか」 「・・・・・・」 「奥さんはすっかり別人になっていて、関さんに会っても教団を抜けようとはしなかったそうだ。・・・これは本人から聞いたわけじゃないが、噂では、奥さんと上層部との男との間には、ひとり子供が生まれたらしい」 「それは・・・」 「ああ。関さんはその後、奥さんに関係なく光の環の捜査を進めて、上層部の男を何人もしょっぴいた」 「強い人ですね」 「・・・強いなんてもんじゃない。あの人は・・・尋常じゃない精神力の持ち主だ」 「その関さんに鍛えられたんですか」 「ああ。おかげさまで馬鹿みたいに強くなったよ」 「奥さんと・・・関さんの子供はどうなったんですか」 「・・・集団自殺で亡くなったそうだ」 「・・・そうですか」 数十秒おいて、馨は改めて黎に尋ねた。 「・・・前嶋(まえじま)がランドオブライトに戻ってきた理由を聞いたとき・・・関さんは蓮見さんが知っているんじゃないかって言いましたよね」 「・・・そうだったか」 「はい。聞き間違えでなければ」 「大した奴だな、お前は」 馨は心底わからない、といった顔で小首を傾げた。黎は風で乱れた前髪を直し、答えた。 「似てるんだ。俺と前嶋の出生が」 「似てる・・・?」 「その話は・・・今どうしても聞きたいか?」 黎の声の低さに、馨ははっとした。 「いいえ、すみません」 「・・・・・・」 「前嶋は・・・本当にランドオブライトが欲しかったんでしょうか」 「お前もそこにひっかかったか」 「あの国が欲しいなら、わざわざ蓮見さんを盟主に立てたりしないでしょう」 「確かに回りくどいやり方だ。結果壊滅したがな」 「作り直す気かもしれませんね」 「国をか」 「ええ」 「・・・あり得るな」 「もしくは・・・」 「なんだ」 「蓮見さんが目的なのでは」 「・・・俺?」 車はまもなく馨の家に着く。手前の信号で一時停止したタイミングで馨はひとつ息を吸い込んだ。そして黎の目を見て言った。 「本当の目的は蓮見さんの命を奪うこと・・・なんじゃありませんか」 「・・・・・・何でそう思う?」 「蓮見さんが気を失っていた時、久坂・・・前嶋が言ったんです。蓮見さんはもう、僕のものになりましたよ、と」 黎は声を出さずに、目だけを大きく見開いた。 朦朧とした記憶の中、黎が覚えていたのは馨が「黎」と叫んだことだけだった。その裏で前嶋がそんなことを口走っていたのは覚えていなかった。 「俺がなんだっていうんだ」 「それは俺にもわからないですが、蓮見さんを盟主にしたのも、生かして連れ去ろうとしたのも、何か目的があるはずです」 黎は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。それに気づかれないように椅子の背もたれに身体を預け、言った。 「だとすると・・・こうしている間もあいつは何かを考えているということか」 「どちらにしてもまだ俺の家は見つかっていないはずです。一旦帰ってこれからの計画を練り直して・・・」 馨は青信号にアクセルを踏み込んだ。ウインカーを上げ左折すると、珍しく車が渋滞していた。 「・・・ここが渋滞してるなんて珍しいな」 馨は独り言をつぶやいて止まっている車の後ろに付けた。前方から警察官が走り寄ってくるのが見えた。馨と黎は思わず顔を見合わせた。 ウインドウを開けると、警察官は無駄ににっこりと笑って言った。 「すいませんね、この先で火事がありまして」 「・・・火事?」 「ええ、小火(ぼや)で済んだんですがね。それでちょっと混んでまして」 小火と聞いて、もう一度黎と馨は顔を見合わせた。 「火事があったのって・・・」 「ああ、この先の淡いグリーンの壁のアパートです」 馨の顔から血の気が引いた。窓を締め、ゆっくりと発進する。 「・・・蓮見さん」 「思ったより早いな。そして・・・本気だ」 渋滞の先には、馨が住んでいたアパート。車の列が進み、見えてきたのは二階の一部だけが黒く焼け焦げたアパートの前で、消化活動を進める消防車の背中だった。 
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