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「貴重品は?」 「ほとんどありません。金は持ち歩いているし、あとは・・・」 (かおる)はちらりと(れい)の首元を見た。視線の動きに気づいて、黎がああ、と言った。 「これだな」 馨が妹から貰ったというプラチナのネックレス。契約の証、カラーの代わりとして一時黎が身につけたままにしてあった。それが功を奏した。 「すみません、泊まる場所を探さないと」 「そんなことはどうにでもなる。それより、あいつは思っているより近くにいるようだ」 焼けたアパートの部屋を見上げながら、黎は言った。そして馨の背に手を添えた。 「蓮見さん」 「・・・俺は慣れてる。お前を巻き込んですまない」 「・・・またそんなことを言うんですか。俺だって警察官ですよ」 「警察官だった、だろ」 「・・・とにかく泊まる場所を探しましょう」 「高坏(たかつき)」 「はい?」 「いい場所が」 「どこです?」 黎は口の端だけでにやりと笑った。そして背後に停めてある車を親指で指した。 「本当に・・・車でいいんですか」 「ホテルに泊まって、そこごと燃やされちゃ迷惑をかけるからな」 「・・・・・・」 「いや、悪い」 「いいえ、むしろ俺が側にいるから・・・」 「なんだ、今更離れる気か」 「え?」 「・・・お前は俺のDomじゃないのか」 「蓮見さん・・・」 「・・・ああ、いや、その・・・」 黎はふい、と馨から視線を逸らし髪をかきむしった。 「いや、すまない・・・さっきの酒が・・・効いたかもしれない」 夕食をコンビニで買って、馨はコーラ、黎はビールを飲んでいた。 正直なところ、黎は一度馨とのプレイを経験してから、身体の変化を感じていた。特にアルコールを摂取すると、あの感覚がじわじわと蘇るのだ。 「とにかく明日は予定通りに・・・っ・・・おい?」 馨は狭い車を揺らして、急に助手席の黎に覆い被さった。黎は慌てて、大きな背中を叩いて何度も馨を呼んだ。 「おい、重いぞ、こら、高坏っ」 「・・・かと思いました」 「え?」 「バレてたのかと思いました・・・その・・・俺が考えていたことが」 「考えていたこと?」 「えっと・・・」 今度は馨が頭をがりがり掻いた。運転席側の窓にごつんと額を押しつけ、暗い外を見ながら馨は言った。 「蓮見さんが普通だったので・・・俺も出来るだけ普通にしようとしていたんですが・・・」 歯切れ悪くもぐもぐしていたが、窓ガラス越しに黎と目が合い、観念したように馨は振り向いた。 「俺・・・どさくさに紛れて・・・なんて事をしてしまったんだと反省してて・・・」 「・・・おい」 黎は手を伸ばした。そして首の後ろをぐいっと引き寄せ、至近距離でこう言った。 「・・・まさか俺が、嫌々受け入れたと思ってるのか?」 「・・・・・・」 「お互い警察官上がりだ。たとえトランス状態でも、本気で拒めば俺はお前を殴って逃げられた」 「で・・・でも、本当にプレイだけのつもりだったんですっ・・・あの・・・でも・・・」 もう一度がりがり頭を掻き、馨は言葉を探した。 「いい加減な気持ちじゃなかったんです、俺は・・・」 「高坏」 黎の切れ長の瞳が馨を捕らえた。 「お前・・・ストレートなんだろう」 「蓮見さん・・・」 「DomとSubのプレイには性別は関係ない、と聞くが・・・昨日のことは・・・」 車内が静まりかえる。 馨はごくりと、唾を飲み込んだ。 「朝も言ったが、互いの同意だ。違うか」 「・・・違いません」 不意に黎は、馨の首から手を離し、助手席側の窓の外を見た。 「・・・が、お前が、俺たちが同性同士ということで困惑しているのなら、俺はその気持ちを尊重する」 「え・・・っ?」 「Domの血がお前の理性をおかしくしてしまったというなら、あれは気の迷いだった、ということにしても構わない」 「そ、それは」 「これから先、俺と仕事をするに当たり、お前が気まずい思いをするのは俺も本意じゃない。・・・これからも協力してくれる、ということなら、だが」 「俺はあなたの側を離れません!」 馨は黎の肩を掴んだ。 「病院で言ったはずです!俺は蓮見さんの部下でいたい!それは変わりません!」 「・・・・・・そうか」 「俺・・・」 「高坏」 黎は微笑み、こう言った。 「俺はその辺のビジネスホテルを探す。お前は・・・安全なところに車を停めるか、ホテルの駐車場で寝ろ」 「・・・蓮見さん?」 「今、俺と一緒に居ない方が楽だろう?」 黎は馨の制止を振り切り、車のドアを開けた。馨が車を降り回り込んでその腕を掴んでも、黎は足を止めようとしなかった。 「蓮見さん!」 「車で寝ろ」 「待って!」 馨は黎を後ろから、力一杯抱きしめた。馨の大きな身体の中に無理矢理押し込められ、黎は低い声を出した。 「・・・おい」 「俺の話は聞いてくれないんですか?」 「高坏」 「・・・・・・あなたが好きです」 「プレイ中のトランス状態が言わせたんだろう」 「違います!」 馨は黎を自分の方に向き直らせ、乱暴にキスをした。しばらくのち唇が離れると、もう一度抱きしめ、耳の側で馨はささやいた。 「あなたがランドオブライトの盟主だったときから尊敬してた・・・でも、今はそれ以上の感情を持ってる」 「・・・・・・」 「警察に戻るより、あなたの側にいたい」 「・・・お前本当に変わってるな」 「それはお互い様です。あなただって変わってる」 「・・・・・・」 「そんなところも含めて好きなんです」 「お前、素面(しらふ)でそんなこと言える奴だったのか」 「だった・・・みたいです」 はは、と黎は笑った。安心したように馨は身体を放し、改めて唇を重ねた。 「Domとしてだけじゃなく・・・俺を見て欲しい」 「高坏・・・」 「・・・来てください」 馨は黎の手首を掴んで歩き出した。 「おいっ・・・」 「あなたを今どうしても一人にはしたくない」 「えっ・・・おい、ちょっと・・・」 馨は大股で黎を車に連れ戻した。それぞれシートに座ると、馨は三たび黎にキスをした。息がつまるような強烈さで、何度も、何度も。 「高坏・・・っ・・・」 馨は黎の服の中に手を差し込んだ。女性にするような手つきで胸をまさぐる。 「おい・・・高坏・・・っぁ・・・」 「プレイじゃなく・・・あなたを抱きたい・・・」 返事を待たずに、馨は黎の脚の間に手を伸ばした。
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