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「高月くん、食事だ」 監禁部屋の三日目。今日も定時に栄養のバランスがとれた朝食が小窓から差し込まれる。 (かおる)の身体にはこれといって異変はないものの、やはりどこか落ち着かない。 全くする事がないと思われたが、本一冊、ペンとノートは与えられた。与えられた本は、「ランドオブライト」の聖書のようなもので、どうやってこの団体が出来たのか、どのような思いで活動しているのかなどが、それはそれは美しい言葉で綴られていた。馨はそれを読破し、歴史やシステムを頭に叩き込んだ。 のちのち誰かに見られることを恐れ、ノートには何も書かなかった。 あと数日この中で過ごすのかと思うと馨はぞっとした。食事の味も量も申し分なく、部屋が広いので身体も動かすことが出来る。一日一回外に出られるのは二時間で、馨は必ず庭に出るようにしていた。そこではこの「国」の住人に会うことが出来たからだ。 「こんにちわ」 四日目の自由時間、声を掛けてきたのは(みさき)という男だった。人当たりのいい雰囲気で二十代後半、アイドルのような可愛い系の顔つき。襟足まで伸ばした髪を明るい茶色に染めている。左耳のやけに光るピアスはダイヤモンドか。キーネック型のトレーナーの襟元から、太陽のような形のタトゥーがのぞいている。 きょろきょろとあたりを見回していた馨を、人懐こい笑顔で見上げてきた。 「あ、どうも」 「新入りさんですよね」 「はい。高月といいます」 「岬です。僕も先月ここに入ったばかりなんです。今、準備部屋から出てきましたよね」 岬の胸元にはネームプレートと、青色の丸い小さなバッジがついていた。ここでは入国時期がすぐにわかるよう、カラフルなバッジを付ける決まりがあるそうだ。一~三年までは青、三~六年は赤、七年目からは緑、役員は白。最初に馨が会った真北(まきた)は、思えば白いバッジが胸に付いていた。 どうやら馨の入れられている部屋は「準備部屋」、というらしい。はい、と答えると、岬は 急に破顔して、ずい、と近づいてきた。そして小声でこうつぶやいた。 「辛いっすよねぇ、俺、ここに来たこと後悔しましたよ、マジで」 「はは・・・」 「でも、こんなこと言ったら怒られますからね、内緒ですよ」 「・・・わかりました」 「高月さん、おいくつです?」 「二十六です」 「あ、タメだ!じゃあ、敬語じゃなくてもいい?」 「あ、ああ、うん」 「新人同士仲良くしよう。ちょっとだけ先輩だから、困ったことがあったら相談にのるよ」 「ありがとう。よろしく」 いきなりの軽口に驚いたが、情報を得るには好都合だった。入ったばかりというから、新人同士つるんでいても怪しまれることもない。 馨は岬と共に庭に出て、日に当たることにした。今日は天気も良く、風が暖かかった。 「岬くん、ちょっと聞いてもいいか」 「何?」 「ここの教・・・指導者に会ったことある?」 「指導者じゃなくて、盟主ね」 盟主。教祖とは呼ばないらしい。 岬は空に向かって両手を大きく突き上げて身体を伸ばした。そして笑顔で振り向き、こう答えた。 「まだ一回しか会ってないなあ。新人は最初に顔合わせをさせてもらえるんだ」 「どんな・・・人なのかな」 「ああ・・・えっとね、すごいグレアが出てた」 「グレアが・・・」 「あれでもかなり抑えてるらしいからすごいよと思う。威力が強すぎてはっきり覚えてないんだけど・・・かなりきれいな顔してた気がする」 「盟主って、女性なのか?」 「男だよ。見た目は三十代前半くらいかな」 警察の調べでも、この施設のリーダー、つまり盟主が男なのか女なのか、若いのか年輩者なのかは明らかになっていなかった。 若い男。 中年、もしくは高齢の男性を勝手に想像していた馨にとって、それは思いがけない情報だった。 「顔合わせが終わると、滅多なことが無い限り盟主には会えなくなるらしいよ。直接関われるのは上層部の人間だけなんだって」 カルト教団らしいシステムだ。ということは、馨は二年以内に上層部まで昇りつめなければ、核心に触れることが出来ないということだ。 それにはまず、一刻も早く先に潜入している捜査員とコンタクトを取らなければならない。 「じゃあ俺も、準備部屋を出れば盟主に会えるるわけか・・・楽しみだな」 「え?」 岬が驚いた顔で馨を見つめた。馨は首を傾げた。 「・・・楽しみだなんて、すごいね」 「・・・そうかな」 「俺はド緊張だったからさ。高月くんは元の仕事なんだったの?」 「・・・自衛隊だよ」 警察官だと悟られないため、近くて実は最も遠く相容れない職業の肩書きを作ってある。入隊直後に心臓に疾患が見つかり除隊した、というていだ。いざという時、身のこなしで警官だと気づかれないための策だった。 「自衛隊!そりゃあ肝が据わってるわけだ」 「っていっても、入ってすぐやめてるから」 「なんで?」 「心臓の病気でね。見た目から想像できないだろ?」 これも想定内。 百八十センチ、七十六キロ。筋肉質な身体は、元自衛隊員という肩書きにびったりだった。 「・・・・・・ごめん。辛いこと聞いちゃったね」 「いや。今はこうやって、グレアを活かせる場所に入れてるから。気にしなくていいよ」 「そっか・・・」 「岬くんは?」 「俺はプログラマーだったんだけど、職場でうっかりグレアを出しちゃって・・・」 「うっかり?」 「嫌な上司と揉めてる時に・・・相手、ランクの低いDomでさ、ついやりすぎちゃって。クビになった」 「ああ・・・なるほど」 「ここは、盟主の強いグレアでコントロールが効いてるから、そういう心配もなくて安全だって聞いたんだ。慣れればPCの仕事もさせてもらえるみたいなんだ」 「そうか、だったらまたプログラマーとして働けるんだな」 「そう。お互い、いい場所を見つけたよね。頑張ろう」 「ああ」 入ったばかりの岬は、まだこの場所の仄暗い部分を知らないようだった。初めて知り合った彼を、出来るなら危険なことに巻き込みたくないとも思った。 と、腕時計のアラームが鳴った。この時計は二時間の自由時間に必ず身につけさせられる。GPS機能付きで、館内のどこにいるかを監視されているようだ。 「あ、もう時間?」 「みたいだ」 「また明日、同じ時間にここにいるから声かけてよ」 「わかった、また明日」 馨は岬と別れて「準備部屋」に戻った。 あと三日、ここで我慢しながら自由時間に岬と親交を深め、情報を集めようと決めた。 退屈でもどかしい日々に光が射したと感じた。
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